「返還して終わり」でいいのか―医療・介護の不正請求と、公的資金を扱う責任
出雲からの夜行バスで、ホスピス型住宅の闇を告発し続けてきた市川さんの新著を読む。
奇しくも、水曜日にはホスピス型住宅大手、アンビス・サンウェルズの2社に厚労省から報酬返還指導というニュースも流れてきた。
https://www.47news.jp/15015068.html
ようやく、という感じだ。
不正・不適切に請求された医療費を返還することは当然だ。
しかし、僕はこの問題を「返還して終わり」とすべきではないと思う。
アンビス、サンウェルズをめぐる一連の問題に対し、多くの医療・介護事業者は強い憤りを感じてきたはずだ。一方、ビジネスの世界では「民間企業が医療・介護で利益を上げ、急成長して何が悪いのか」という論調もいまだに根強い。
利益を上げること自体が悪いわけではない。
医療・介護にも経営力、生産性向上、標準化、IT投資、人材育成、資本投下は必要だ。それによって質の高いサービスを効率的に提供し、適正な利益を得ることは、むしろ社会保障の持続可能性に資する。
しかし、医療・介護は通常の市場とは根本的に異なる。
その売上の多くは、消費者が自由意思で支払う対価ではない。保険料や税金を原資とする社会保障財源。
つまり、会社にとっての「収入」は、社会にとって「支出」なのだ。
訪問看護の診療報酬(訪問看護療養費)も自由市場で獲得した売上ではない。
患者に必要な医療を、定められた要件に従って提供することを条件に、国民の「共有の財布」から支払われる公的資金だ。
医療・介護事業には、何のために財布のお金を使ったのか、その使い方は合理的であったのか、社会に対する説明責任が伴う。
この2社は利益率の高さも問題にされたが、重要なのは利益率そのものではない。
その利益が、より良い医療、効率化、技術革新、優れた経営によって生まれたのか。それとも、患者と支払者の情報格差、出来高払い、監査能力の限界など、制度の脆弱性=目的外利用によって生まれたのか。
この二つは明確に区別されるべきだ。
今回、厚労省は返還を求めたが、それだけでは十分ではない。
特に議論すべきは、不正・不適切な請求によって得た資金のレバレッジの取り扱いだ。
不正請求で得た資金を返還するまでの数年間、事業者側は実質的に無利息または低コストの資金として利用できる。
彼らは本来受け取るべきでない診療報酬を使って新たな施設を開設し、人材を採用し、家賃をディスカウントすることで患者を集め、それによってさらに売上を拡大したのだ。
これは本来、まじめに事業をしていたのであれば得られなかった資産・売上であるはずだ。
返還に伴う40%の法定加算金は、それをある程度是正する仕組みだと理解している。しかし、事業投資・事業拡大による企業価値上昇やシェア獲得まで完全に吐き出させる制度ではない。
政策論として「不正請求分だけ返せば元通り」では不十分ではないか。
特に故意性・継続性・組織性・金額が大きい事案では、
1. 不正額の全額返還
2. 法定加算金
3. 指定取消・効力停止
4. 同一法人・役員による再参入制限
5. 悪質事案では刑事告発
6. 不正資金によって得た経済的利益についての回収
これらを一体的に検討しないと「不正した者が経済的には得をする」余地が残る。
ここは制度の見直しが必要だと思う。
第一に、重大な不正請求については自主返還で終了させるべきではない。故意性、組織性、継続性、経営陣の関与を行政が明確に評価し、それに応じた処分を行うべきではないか。
第二に、多数の事業所で同種の問題が生じている場合には、各事業所や管理者の個別的ミスとして処理するのではなく、法人としてのガバナンス責任、取締役・経営陣の責任を問う仕組みが必要ではないか。
第三に、不正に得た公的資金を梃子として生じた経済的利益について、利益返還精度(clawback)を検討すべきではないか。
これはすべての事業利益を没収するという意味ではない。
不正資金とその後の利益との因果関係をどこまで認定するかというのは厳密には難しいが、不正に得た10億円で事業を拡大し、企業価値を50億円高めたとしても、後から10億円を返還すれば完全に清算されるという制度は明らかにおかしい。
少なくとも政策として検討されるべき論点だと思う。
第四に、公的保険への依存度が高く、急速に事業規模を拡大する事業者については、社会保障事業者としての情報開示を強化すべきではないか。
一患者当たり医療費、訪問回数、加算算定率、職員配置、保険収入依存度、利益率などを一定の形式で可視化すれば、全国平均から大きく逸脱する事業者を早期に把握することも可能になるはずだ。
第五に、行政監査の形式を「問題が発覚してから対応」から「データによる異常の早期発見・早期対処」へ変えるべきではないか。
今年から医療介護データは統合される。レセプトデータを用いれば、同程度の患者集団に対し訪問頻度や高額加算が突出している事業者を抽出することは可能なはずだ。不正検知のためのデータ分析がリアルタイムで行われる仕組みが必要不可欠だ。
そして第六に、内部通報者の保護の強化だ。
大規模な組織的不正を、外部監査だけで見つけることには限界がある。
現場では、不自然な指示、記録と実態の乖離、請求の仕方、経営層からの圧力を、職員が最初に察知する。
しかし、多くの場合、そのような職員は通報することで職を失う。そうでなくとも配置転換され、昇進の機会を失い、職場に居られなくなる。
通報しても変わらない現場、そして通報者の行く末を見せられる他の職員は委縮し、声をあげなくなる。結果として、問題が顕在化しにくくなる。
日本でも公益通報者保護法の強化は進んではいる。今年12月からは、通報者探索や通報妨害の禁止、通報を理由とする解雇・懲戒への刑事罰などが導入される。
重要な前進だと思う。
しかし、公的資金の不正を発見する制度としては、まだ十分とは言えない。
米国にはFalse Claims Actがある。
政府に対する虚偽請求について内部情報を持つ者が政府に代わって訴えを提起できる“Qui tam”という仕組みがあり、成功した場合、通報者は原則として政府が回収した金額の15~30%を受け取ることができる。また故意の虚偽請求には原則として政府損害額の3倍の賠償責任が課される。
2025年度には、False Claims Actによる和解・判決額は68億ドルを超え、そのうち57億ドル超が医療分野に関係する案件であった。内部告発者によるQui tam訴訟も年間1,297件に達しているという。
もちろん米国制度をそのまま日本に移植すればいいというわけではない。過剰な訴訟や濫用を防ぐ仕組みも必要だ。しかし、少なくとも「内部告発者に人生を賭けさせながら、社会がその利益だけを受け取る」というのは合理的ではないとも思う。
公的医療保険の不正については通報者の匿名性を守る独立した外部窓口に加えて、通報者探索の厳格な禁止、報復への実効的な制裁、行政による迅速な調査、そして一定の場合には回収額に連動した報奨制度まで検討してもよいのではないか。
これは「密告」ではない。社会保障財源を守る、「共同の財布に空いた穴」を早期発見・早期縫合するための社会的機能を整備するということだ。そして、医療介護事業の経営者は職員の監視に怯えるようなことをしなければよいだけの話だ。
医療・介護分野には、今後も民間営利企業の資本力、経営力、技術力が必要である。
しかし、民間営利企業にはさまざまなステークホルダーが関わる。だからこそ、ルールを曖昧にすべきではないと思う。
公的医療介護やそれに関わる専門職に当然に伴うとされてきたモラルやプロフェッショナルオートノミーだけに依存する従来のやり方では対応しきれないことは、市川さんが取材してきた多くの事例が明らかにしている。
優れたケアと経営努力によって利益を上げる企業と、制度の脆弱性を利用して利益を拡大する企業が、同じ「成長企業」として評価されるべきではない。
社会保障は巨大な「市場」であることは事実だ。
しかし同時に、それは国民が共同で支える公共財である
市川さんの著書にも出現するF氏は「医療・介護で儲けて何が悪い」と主張する。
「医療・介護で儲けてはいけない」のではない。
「みんなが供出した公的な資金が何に使われ、その結果として、本人や地域・社会にどのようなリターンが生み出されたのかを費用負担者に説明できなければならない」のではないか。
不正請求によって得られる期待利益をゼロ以下にする。経営者に不正を止めるインセンティブを与える。そのためには追徴含めた返還に加え、不正に得た公的資金を梃子に成長した場合には「元本を返還して終わり」にすべきではない。
また、データモニタリングによる行政による早期発見と、内部告発者の実効的な保護により、社会保障制度を守るための仕組みを強化する。
今回の問題を二社の不祥事として終わらせるべきではない。
公的医療保険を利用して事業を行うとはどういうことなのか。
そこで得られる利益には、どのような責任が伴うのか。
日本の医療・介護産業がこれから健全に成長するためにも、今こそ、そのルールを再確認・再設計すべき時ではないか。
アンビス(医心館)の西日本事業はファンドに売却されたというニュースも同時に伝えられている。47施設、なんと174億円だ。
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC287IG0Y6A920C2000000
十分お高い価格だと思うが、これをファンドが買う、ということは「まだ収益性・企業価値を高める余地がある」と「経営のプロ」が判断したということだ。
医療介護専門職であると同時に、彼らの「収益」の支出者である私たちは、今後も、これらの施設の運営を注視し続けるべきであろう。
今回のホスピス型住宅、問題があることは誰もが認識していたが、包括報酬の導入など診療報酬制度の改定も含め、それが一定の社会的決着に到達できたのは、市川さんの「ペンの力」によるものだ。
しかし、それは同時に行政のモニタリングシステムや内部通報システムが機能していなかったことの傍証でもある。
まずはみなさんに市川さんの本を読んでほしい。
公的な医療介護福祉のあるべき姿がおのずと見えてくるはずだ。
障害者福祉ビジネス 食いものにされる税金と利用者
集英社新書 市川 亨 (著)
https://amzn.asia/d/07SjSybD
市川さんにはジャーナリストとしてこれからも社会の不条理を明らかにしていってほしいと思うし、社会もアップデートしていかなければならないのだと思う。
9時間の夜行バスの旅を終えて、早朝の博多に到着。
長い1日が始まる・・・
佐々木淳
