台湾は走る、日本は止まる―在宅医療の未来を分けるもの
台湾在宅医療学会ができてわずか10年。
現在の高齢化率は20%、日本で在宅療養支援診療所が定義されたころ(2006年)とほぼ同じ。台湾ではいま猛烈な勢いで在宅医療は進化・拡大している。
医師でもある頼清徳総統は 「健康台湾(健康な台湾)」という国家ビジョンおよび政治的スローガンを掲げ、医療介護の予算を増額するとともに、医療費に占める在宅医療予算の拡大も進めている。
一方で、これは単純に量の拡大、という意味ではない。
台湾では在宅医療(在宅ケア)のスマート化・デジタル化が、今や国を挙げた一大国策として猛スピードで推進されている。ここがとても台湾的なところ。
台湾の強みである高度なIT技術(DX)と、全民健康保険(国民皆保険)制度を掛け合わせ、在宅医療の現場を次世代型へと進化させている。衛生福利部(厚労省)のみならず、経産省、科学技術諮問機関、そして工業技術院など、医療×工業技術の1つの集積領域として在宅医療が認知されている。
■ 「Hospital-at-Home(在宅入院)」の法制化と推進
台湾政府は、これまで病院で行っていた「急性期治療(点滴や検査など)」をオンライン診療やデジタル機器を駆使して自宅で行う「Hospital-at-Home(在宅入院)」のパイロットプログラムを2024年に本格始動させた。
ウェアラブル端末やIoT機器を使って、患者のバイタルデータを病院の医師がリアルタイムで遠隔モニタリングしながら、肺炎や尿路感染症などの高齢患者が自宅にいながら安全に治療を受けられる仕組みを作った。
従来の入院に比べて医療費を最大約65%削減し、治療期間も大幅に短縮できるという驚異的なデータが出ている。この制度の設計を担ったのが、実は台湾在宅医療学会だ。
■「ICチップ付き健康保険カード」のモバイル化
台湾では全国民がICチップ入りの「健保カード」を持っている。これまでは往診時に医師が専用のカードリーダーを自宅に持ち込んでスキャンしていたが、現在はスマートフォンやタブレット(バーチャル健保カード)を活用したスマート認証への移行が進んでいる。
これにより、医師や訪問看護師が現場から即座に患者の過去の病歴、検査データ、投薬履歴(クラウド電子カルテシステム「健保医療情報雲端システム」)にセキュアにアクセスできるようになっている。
日本では「マイナポータル」にアクセスしても閲覧できるデータはごくわずか。しかもライムラグがある。現在の計画では、共有される情報は3文書・6情報に留まっている。
そのわりにはアクセスの認証手続きは煩雑で、しかもかなりの公的コストをかけている。マイナカードの運用面のアナログさもまだまだ目立つ。
■ オンライン診療と電子処方箋の連携
新型コロナウイルス禍を機に急速に整備されたリモート診療(遠隔医療)のインフラが、そのまま在宅医療へ実装された。
自宅から医師の診察をオンラインで受けた後、処方箋データが即座にデジタル送信され、薬剤師が自宅まで薬を配達する、あるいは家族が近くのスマート調剤薬局でスムーズに受け取れる仕組みが普及している。
日本では昨年12月の医療法の改正で、ようやく医療の一形態として定義された。しかしオンライン診療のためのシステムと電子カルテシステムを別々にしなければならないなど、よくわからないガイドラインが作られ、人間の側がシステムやテクノロジーの進化にアップデートできていない感じがする。
■ 医療MaaS(Mobility as a Service)の展開
地方や山岳地帯、離島などの医療資源が乏しい地域向けに、ポータブルな超音波検査機やIoT測定器、通信設備を搭載した医療車両(スマート往診車)を走らせ、現地の看護師と都市部の専門医をオンラインで繋いで在宅診療を行う試みも進んでいる。
日本でも能登震災を機に議論が高まっているが、全国津々浦々に病院を、常勤医師を、という基本方針はそのままだ。
■Informal Careとしてのドメスティックヘルパー
これはテクノロジーとは関係ないが、台湾が在宅での急性期医療の閾値を上げることができている1つの要素は、外国人ヘルパー(外籍家庭看護工) の存在だ。彼らは24時間患者に付添える。生活支援、身体介護、服薬援助、自宅でのバイタルのアプリへの入力、看護師・医師への連絡、すべて彼女たちが担う。また点滴の管理や注射、皮膚の処置、複雑なチューブ類の管理なども医師・看護師の対面やオンラインでの指導の下、行うことができる。
24時間の高度な対応能力、そしてAffordableなコスト(月額10万円程度)。国内(台湾人)のリソースだけでケアニーズに応えられないことが明らかだからこそ、台湾政府はケアコミュニティの中に外国人ヘルパーを位置付けた。
彼らに過度な負担がかかること(24時間労働による人権や健康の問題)に対して、労働環境の改善に向けた法改正なども進められている。
例えば多言語対応のスマート支援(ヘルパーがスマート端末を通じて、母国語(インドネシア語など)で医療チームとやり取りできる通訳・翻訳システムの導入)、介護作業のデジタル化(排泄センサーやスマートベッドなどを導入し、ヘルパー自身の夜間介護の負担を減らす「スマート介護」の推進)、レスパイトサービスの拡充( 外国人ヘルパーが休みを取る際、その穴埋めとして短時間の現地ヘルパーや、派遣型外国人ケアワーカーをスポットで手配できる制度の全国展開)など。
日本のように「まずは日本語ありき・資格ありき」ではない。
まずそこにあるニーズにどう応えるか、走らせてから少しずつ整えていく。国民の困りごとを放置しない、という姿勢を感じる。
日本は介護ヘルパーが足りないのに、外国人の受け入れはどんどん厳しくなる。世界とつながらなければ生きていけない時代。尊王攘夷を唱える一部の過激派の意見に流される政府の言動をみているとちょっと悲しくなる。
超高齢社会への突入が日本以上のスピードで進む台湾において、この「在宅医療のスマート化」は医療崩壊を防ぐための切り札とされる。頼清徳政権の「健康台湾」ビジョンでも、こうしたスマート医療の社会実装が最優先事項の一つとして位置付けられ、先日、台北で開催されたの国際会議(Asia Pacific Hospital At Home Congress)には国家予算が投入され、さながら台湾の在宅医療スマートテクノロジーの展示会の様相だった。
日台間でも在宅医療とICTの活用に関する知見の共有や共同宣言(新潟宣言など)が行われているが、スピードがどうしても遅い、というか遅すぎる。テクノロジーの導入は進まず、医療の「進化」は主に現場の創意工夫に委ねられる。ではベストプラクティスはでは制度化されるのかというと、そうはならない。いまだに急性肺炎には在宅酸素すら保険適応が厳しいし、遠隔モニタリングに至っては何をかいわんやだ。
台湾との最大の違いは、意思決定のプロセスではないかと思う。
そして、リーダーが社会の課題を的確に把握していること。
「攻めの予防医療」も「医療介護の生産性向上」ももちろん大切だが、日本の場合、スローガンがあるのに、規制がそれを阻む。まるでアリセプトを飲まされながらリスパダールが処方されている認知症高齢者のようだ。
やらなければいけないことはわかっているのに、それが進まないのは本当に歯がゆい。高齢先進国・課題先進国と目され、在宅医療でも50年の歴史を持つ日本だが、数年後には教える側から教えられる側に、そして置いていかれる側になりそうな気もする。
在宅プライマリケアを医学総合管理料で評価したところまえでは本当によかったと思う。そこから先は、結局、小手先の点数調整しか行われていない。
高齢化率が30%を超え、国民の社会保障負担が限界点に達しつつある中、「超超高齢社会」をひた走る日本がやるべきは、点数の削減なのか、それとも構造改革なのか。
防衛予算ももちろん大切だが、医療介護は国民生活を支えるエッセンシャルサービス。
医療介護の負担と給付をめぐる世代間の断裂を目の当たりのすると、「社会保障は内なる国防」という辻哲夫先生の言葉がどうしても思い出される。
昨夜は、余先生を囲む会@神戸・兵庫県保険医協会にお声がけいただき、余先生、楊先生と少人数での密な対話の時間をいただいた。
余先生のプレゼンを聴きながら、在宅医療者はもっと政策に働きかけていかなければならないのではないかと思った。私たちは超高齢社会・多死社会の最前線のセンサーなのだから。
貴重な機会を頂戴しました関係者のみなさま、ありがとうございました。
佐々木淳
