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「老衰」を共有できなかった最期―家族と医療者の理解のすれ違い

91歳、体重24キロ、食事半量食べるのに5時間。
経過中、誤嚥性肺炎を見逃し、治療のタイミングを見逃し、結果として母な亡くなった。その母の無念を晴らしたいと、娘さんは在宅医を訴えた。
仕事を辞めて特養から自宅に引き取り、娘さんは丁寧に一生懸命ケアされていたんだろうと思う。
娘さんが受け入れられないこの経過は、救急搬送を除けば、いわゆる「老衰の自然な経過・よい最期」でもある。
誰かが穏やかな理想的な老衰だということを、どう頑張っても残された時間は長くはないことを、そして「誤嚥性肺炎」も病気というより人生の最後の避けられない機能低下の一部なのだということを伝えることができていたら。
受け入れるまでの時間はあったはず。特養入居、退去、そして娘さんの不安の吐露、その話をするタイミングもあったはず。
もちろんそれでも受容できないというご家族もおられる。でもこの娘さんはいつかその時がくることは理解されていたようにも読める。
ご家族のナラティブと、支援者の理解が乖離したままその時がきてしまった、ということなのだろうか。
本人にとっても、娘さんにとっても「よい時間・よい最期」になっていた可能性もあるだけに、とても残念に思う。
仕事をやめて介護し、再び仕事をやめて裁判に臨むという娘さん。裁判に勝てば、医療者のミス、恨みを晴らした、ということになるのかもしれない。しかし、それは結果として、この療養生活を失敗と定義する。それは娘さんに一生の後悔を残すことにもなるのではないか。
本当はいい経過だったんだよ、お母さんは充分感謝してるはずだよ、そう伝えたい。
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUD15AVR0V10C26A7000000

佐々木淳

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