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『行かない』という支援。

じっとしていられない気持ちはわかる。
でも、しかるべき知識と経験のない人が、いま衝動的に被災地に行くことは、支援活動の妨げになる恐れもある。

そんな先日の僕のポストに対して、ルールを守るように強要されることで、これまでは救済できていたようなケースに対応できなくなる、あるいは、個々の柔軟な思考が阻害され、本来であれば提供できた支援が提供できなくなるのではないか、など、さまざまなご意見を頂戴しました。

なにが正しいのか。
この議論は無意味だと思います。
その答えは立場によって異なるからです。
全体から見ると無謀な支援であっても、それによって救われた人は、きっと感謝するでしょう。その人とあなたにとっては正義かもしれません。

わたしたちヘルスケアの専門職は、関わった以上はなんとかしたい、という思考上の習性をもっている人が多いと思います。たくさんの人が困っている。でも、助けを求める人と目が合ってしまうと、その人を優先してしまう。
たくさんの困っている人の中から、一人の支援者が一人の被災者を助けることは、きっとスムーズにできるでしょう。
その人にとっては、組織的支援を待つ必要もなくなる。柔軟な対応が、一人を救った。それは事実です。

しかし1000人の被災者が、それぞれに目があった支援者に助けを求めたらどうなるでしょうか。
道路は混乱し、事故が発生し、組織的支援が遅延し、結果として不利益の総量は大きくなるかもしれません。いや、間違いなく大きくなります。それはこれまで世界各地で積み重ねられてきた災害支援の経験から明らかにされています。だからこそ、災害支援にガイドラインが作られたのです。

水が足りないと言われた。
なんとかしてあげたい。
100リットルの水を車に載せて被災地に乗り込んだ。
確かに依頼者には水が届きます。

しかし、他の人はどうなるのでしょうか。
例えば自衛隊だけで昨日までに延べ35万人に710トンの水を、加えて390トンの人工透析用水などを緊急要請を受けた計10病院へ届けています。
100リットルの自家用車、11000台分です。
被災し安全の確保されていない道路を、1万台超の善意の一般車両が埋め尽くせば、自衛隊のタンク車は動けなくなっていたはずです。透析も回せず、亡くなる人も出ていたかもしれない。
でもそうならなかったのは、みんなが全体最適を優先してくれたからです。

もちろん、断水地域の中には、自衛隊の水がすぐに行き届かなかった地域もあるでしょう。しかし、そのような地域においても、重要なのは、ペットボトルを近隣県から車で運ぶことでしょうか。それとも、公的支援が滞りなく行われるよう、支援ルートの流動性を確保することでしょうか。
友人が困っていれば、個人的に助けたいと思うのは当然です。
一台くらい、非公式支援車両が道路を走っても多勢に影響はない、そうかもしれません。しかし、みんながそれをやれば支援は破綻します。
そして「個別支援」の「正義」がSNSに発信されれば、市民は公的支援への不満や不信を募らせ、スムースな運営を滞らせる要因になるかもしれません。それは「個別支援」の対象者以外の全員にとっての不利益になります。
腹膜透析液が足りない。この検査機器・検査試薬が絶対に必要。
誰か助けてほしい。
自分の手元にある。でも夜は佐川は動かない。翌朝だと間に合わない。いますぐ出れば1時間で届けられる。
このような命に係わるような重大なケースでは、個別支援も正当化できるのかもしれません。事案が生じたことはきちんと共有され、支援活動にフィードバックされるべきです。

しかし、絆創膏があったらありがたい。冷えピタが欲しい。
確かにあったほうがよいかもしれません。しかも道路損壊はなく、渋滞もない。安全に届けられる。ドラッグストアで買って1時間で届けられる。
でも、本当に安全に届けられる、というのであれば、安全に買いに行ける、ということでもあるはずです。忙しくて買いにいけない、というのであれば、配送をお願いしたほうが合理的ではないでしょうか。

いますぐ動きたいという人に改めて問いたいと思います。
あなたは何のために今、被災地に行きたいのですか?
特にいまは「急性期」です。
一人でも多くの人に、早く平穏な暮らしを取り戻してほしい、というのであれば、被災地に行かないことが最大の支援です。公的支援は時に愚鈍に見えますが、トータルではもっとも効率的です。道路交通のキャパシティも含め、現地の資源を消費しないことが最重要です。
実際に現地で役に立ちたい、というのであれば、あらかじめ災害支援の研修を修了し、認証や資格を取得し、各団体に登録をしておくことをお勧めします。すでにさまざまな団体が専門家を現地に送り出しています。
被災した人たちの力になりたい、というのであれば、お金を送ることができます。「先方に求められていて、あなたの手元にしかないもの」でない限りは、ものを送ることはお勧めしません。

正直、熊本地震が起こったとき、僕もすこしそわそわしました。
でも、僕は災害支援の専門家とそうでない支援者の違いを、災害のフェイズに応じて必要とされる支援が変わることを、ごく早期から高齢者のケアニーズが生じることも、そしてケアの中断が防ぎえる死の原因になりうることも、だからこそ現地で踏ん張る専門職や自治体の方々を支えることの重要性も理解しています。

でも、震災においては、DMATでもJMATでもPCATでもない自分が現地に赴くことがその課題解決の貢献にならないことも同時に理解しています。
これから徐々にボランティアの受け入れも行われていくと思いますが、いまは熊本県も熊本県警察も、そして各自治体も、依頼されていない支援者が被災地に入ることを歓迎していません。
だから行くなというのはおかしい、という方は、自分がなぜ被災地に行きたいと思っているのか、もう一度、じっくりと考えてみてください。被災地に行かなくてもやれることはたくさんあります。
行かないこと自体も大切な支援だと僕は思います。

佐々木淳

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