退院後の患者を支える仕組みをつくる ― 中国Fulfill Homecareに学ぶ在宅医療・介護の未来
13万人に在宅ケアを提供するこの会社は、単なる訪問介護事業会社の枠を超えた、「退院後の患者と家族の生活」を全国規模で支える最強のサービスインフラ企業だった。
中国の在宅医療・介護は、日本より遅れている。
そう思っているなら、その認識を一度疑った方がいい。
今回視察した中国の在宅ケア企業「托理健康(Fulfill Homecare)」は、公的介護保険と民間保険の両側からアプローチ、高齢者の在宅療養支援から退院支援・移行期支援・回復期支援・緩和ケア・終末期ケアを連続的に提供する。
高齢者ケアの利用者は約3万人、介護保険(国家長期介護保険)の指定サービス機関として北京、上海、成都、広州、天津、南京などの主要都市を網羅する。
加えて民間保険利用者は約10万人!
70社以上の民間保険会社と連携、4,400万人の被保険者をカバーし、全国716都市で24時間のサービスを提供する。
総サービス回数は1,000万回超、総サービス時間は1,100万時間超。
日本に比肩するプレイヤーは存在しない。
特に印象的だったのは共同創業者の王宜萍先生の言葉。
「専門性を基盤に、サービスを核心に、技術を支えに」
そしてこれは単なるスローガンではなかった。
まず「専門性」。
彼らの対象は、単に生活支援を必要とする高齢者だけではない。
退院直後の患者、がん、心脳血管疾患、骨折、呼吸器疾患、脳卒中、術後患者、認知症、パーキンソン病など、医療依存度や再入院リスクの高い人たちが多い。
介護保険の利用者では、高血圧、冠動脈疾患、糖尿病、骨折、アルツハイマー病、脳卒中などの慢性疾患・要介護高齢者が中心。一方、民間保険経由の利用者では、悪性腫瘍、心脳血管疾患、骨折、消化器疾患、呼吸器疾患、脳卒中など、より退院後支援色の強い疾患構成になっていた。
つまり、彼らが提供しているのは「家事援助・身体介護」ではない。
退院後の生活再建、再入院予防、ADL維持、家族負担軽減を目的とした専門的な在宅ケアである。
人材構成もそれを物語っている。
同社は全国716都市をカバーする。
4,000人超の在宅サービスチームの内訳は、照護管家と呼ばれる介護専門系人材が1,078人、看護師・康護管理師(理学療法士)が2,932人、医師が340人。
主力は介護職ではなく看護師、理学療法士、医師などの医療専門職となっている。
ここで重要なのは、医師の位置づけだ。
日本の在宅医療は、医師が前線で患者を診るモデルを中心に発展してきた。
一方、この会社では、医師は全件を直接診るプレイヤーというより、専門サービス、標準化、教育、品質管理、プロトコル作成、専門的助言を担う。つまり医師は「個別患者を診る人」であると同時に「多職種が安全に動ける仕組みを設計する人」でもある。医療的ニーズの高い人に対するケア計画を処方する、ということは、日本における在宅医というよりはケアマネジャーに近い役割を担っていることになる。
これは日本の在宅医療機関にとって非常に示唆的だ。
医師を増やし続けなければ成長できない現状モデルには当然限界があるし、費用対効果が悪い。日本の在宅医療は今回の改定で、特に重症患者については医師依存度を高める方向で誘導されているが、これは明らかに逆行であろうと思う。
医師がすべての前線に立つのではなく、医師がサービス設計、標準化、教育、品質保証を担い、看護師・リハビリ専門職・ケア専門職が前線で主体的に機能できる状況を作る。
このほうがより患者・家族の真のニーズに、より高いコストパフォーマンスで応えられるはずだ。
次に「サービス」。
この会社のサービス体系は単なる訪問介護・看護に留まらない。
受診前、受診時、入院中、退院後、自宅療養までを一気通貫で支える設計になっていた。
受診前には、日常医学相談、専門医紹介、外来予約支援、セカンドオピニオン支援がある。患者や家族が「どの病院に行くべきか」「どの専門医に診てもらうべきか」「診断や治療方針は妥当か」を判断する段階から支援する。
受診・入院時には、受診全プロセスの付き添い、診察前・入院前準備、入院手配、手術手配、医療搬送、通院・化学療法への同行支援がある。これは医療コンシェルジュであり、医療同行であり、患者ナビゲーションでもある。
入院中には、入院中の専門付き添い、専門看護、入院中のサポート、退院支援、退院時の交通手配・付き添いがある。つまり、病院内にいる間から、退院後を見据えた支援が始まっている。
そして退院後には、家庭医によるフォロー、看護師・専門看護師の訪問、在宅リハビリ、訪問介護などに加えて、遠隔系サービス(遠隔リハビリ指導、遠隔心理支援)、より高度な疾患別サービス(疾患別在宅リハビリ、脳卒中後の在宅看護管理、術後創部やドレーン管理、在宅薬剤管理など)のサービスが複合的に組み合わせられ、ニーズ別に400を超えるサービスパッケージが存在するという。
要するに、彼らは「退院後に訪問する会社」ではない。
患者が病気になり、病院を選び、受診し、入院し、手術を受け、退院し、自宅で生活を再建するまでのプロセス全体を、ひとつのサービス商品として設計している会社なのだ。
ここが非常に重要だと思った。
日本の医療介護は、どうしても制度や職種の単位で考えてしまう。
訪問診療、訪問看護、訪問介護、ケアマネ、薬局、リハビリ、病院、包括支援センター。それぞれの役割は明確で、制度も成熟している。しかし患者や家族から見れば、縦割りで全体像が見えにくく、思い通りの支援体制をオーガナイズすることは容易ではない。
患者と家族が本当に困っているのは、「退院した後、家でどう暮らせばいいのか」「誰に相談すればいいのか」「急変したらどうすればいいのか」「リハビリは続けられるのか」「家族だけで支えきれるのか」・・つまり「どの職種が何をするか」ではない。「退院後の生活を支える仕組みを、総体として誰が運営するのか」だ。
同社は、その問いに対して明確な回答を持っていた。
さらに「技術」の位置づけも興味深い。
この会社にはシステムエンジニアが24人いるという。
自社開発のサービス中核管理システムと智能調度プラットフォーム(専門職とクライアントをマッチングするとともに、専門職の能力を継続的に評価する)を持ち、全国の医師、看護師、介護員、リハビリ職などのサービス資源を管理している。
説明では国家三級等保認証を取得し、複数のソフトウェア著作権登録も行っているとのことだった。
ただし、彼らはIT企業になろうとしているわけではない。
システムはあくまでサービスのためのツールだ、という姿勢だった。
この点は極めて重要だと思う。
医療介護のDXは、しばしば「アプリを作る」「AIを入れる」「記録を電子化する」ことが目的化する。しかし本来、技術は主役ではない。主役は、患者と家族の困りごとを解決するサービスであり、それを実践する専門職である。技術はそれを支える道具にすぎない。
この会社のシステムは単なる顧客管理ではない。
スタッフをタグ化し、専門性、対応可能疾患、対応エリア、勤務可能時間、評価、サービス経験などを可視化する。顧客ニーズを分類し、必要な人材・サービスをマッチングする。問い合わせ、受付、アセスメント、派遣、実施、記録、フォローまでを管理する。スタッフの稼働時間、サービス時間、移動、効率、品質も可視化する。
彼らは、全国で発生する在宅看護・介護・リハビリ需要に対して、「誰を、どこに、いつ、どの内容で派遣するか」をシステムで管理し、AIを用いて24時間以内にサービス資源をマッチングする体制を目指している。現状、90%以上がAIにより迅速かつ自動的にマッチングされるのだという。
在宅ケア事業でスケールの壁になるのは人材配置、移動コスト、ケアの品質管理、そして稼働率だ。良い理念があっても、現場に行ける人がいなければサービスは成立しない。専門職がいても、適切な患者に適切なタイミングで配置できなければ価値は出ない。
全国展開すればするほど、現場任せ、人任せ、FaxとLINEとExcelでは限界がくる。
だからこそ同社はシステム開発を進めてきた。
ただしそれは技術ありき(テクノロジードリブン)ではない。
まず、患者課題があり、サービスがあり、専門職がいて、そしてそれを支えるために技術がある。
「専門性を基盤に、サービスを核心に、技術を支えに」
この然るべきオ―ダーは往々にして乱れる。
ここの筋を通し続けられるのは、共同創業者3人のうち2名が医師というのもあるのだろう。
前出の通り、事業規模も非常にインパクトがある。
資料制作時点での総利用者数は13万人超。
うち長期介護保険利用者が約3万人、民間保険利用者が約10万人。
総サービス回数は1,000万回を超え、そのうち介護保険サービスが980万回(3万世帯)、民間保険サービスが25万回。総サービス時間は1,100万時間超。
この膨大な件数・時間のすべての支援内容が構造化され、デジタル化されて蓄積されている。ものがたりの蓄積はもちろん大切だが、どのようなインプットに対して、そこに投入されたコストに対して、どのようなアウトプットが生じているのか、これが可視化できているからこそ、民間保険会社との連携・協働が可能になるのだろう。
特に同社の事業で特徴的な民間保険領域においては、70社以上の保険会社と提携し、保険会社の被保険者ベースで4,400万人をカバー。累計20万回以上の保険連携サービスを提供し、退院支援や在宅訪問の累計移動距離は125万km。全国716の主要都市をカバーし、24時間サービス提供を掲げている。
つまり、彼らは単なる介護事業提供者ではない。
保険会社が全国で販売する商品に対して、全国で24時間体制の在宅ケア供給網を持っているということだ。
保険会社にとってこれは大きな価値があるはずだ。
保険会社にとっての中核的関心は退院後の再入院、合併症、ADL低下、そして介護負担。これらは保険金支払いの増加につながる。だから在宅ケアは単なる保険商品の付帯サービスではない。適切に設計すれば、損害率を管理し、顧客満足度を高め、保険商品の差別化につながる。
患者にとっては退院後の生活支援と回復支援。家族にとっては負担軽減。保険会社にとってはリスクマネジメント。サービス事業者にとっては継続的な顧客接点とデータ蓄積。
この三者、四者の利害を接続しているところに、同社のビジネスモデルの強さがあると感じた。
しかも、彼らは保険会社と単に提携しているだけではなく、保険商品の共同開発にも取り組んでいる。これはさらに重要だ。現場でどのような患者にどのような支援が必要か、どの介入が再入院を防ぐか、どの疾患でどの程度のサービスが必要か、どこにコストがかかるか・・・これらのデータを持つ事業者は、保険商品の設計のための重要な戦略的パートナーとなりうる。
つまり同社は、保険会社から単に送客を受ける在宅医療介護提供者に留まらず、保険会社と共同で「退院後・在宅期のリスクをどう支えるか」という社会課題に正面から取り組む、ベーシックサービス設計者×提供者なのだ。
ここに、日本の在宅医療・介護との大きな違いがある。
日本では、公的医療保険・介護保険によるカバー範囲が非常に大きい。そのおかげで、誰もが一定水準のサービスにアクセスできる。一方で、制度が強いからこそ、事業者は診療報酬や介護報酬の枠内で自らを定義しがちだ。訪問診療を何件行うか。加算をどう取るか。訪問看護師をどう配置するか。介護報酬上の単位をどう組むか。
もちろん、それは経営上不可欠である。
しかし、時にそれが患者の本質的な課題解決を遠ざける要因となりうる。
患者は「訪問診療を受けたい」のではない。
「退院後も家で安心・納得して暮らし続けたい」のだ。
家族は「訪問看護を入れたい」のではない。
「何かあったときに、24時間気兼ねなく相談できるがほしい」のだ。
病院は「紹介先を増やしたい」のではない。
「退院後に患者が急性増悪せず、再入院せず、地域で暮らし続けてほしい」のだ。
保険者や保険会社は「サービスを増やしたい」のではない。
「重症化や再入院を減らし、持続可能な支払い構造を作りたい」のだ。
この会社は、その複数のニーズを一つのサービスモデルに束ねている。
在宅医療・介護の中核的価値は、個別の訪問サービスそのものではない。
退院後の不安定な生活を、再び安定した生活に戻すための移行支援であり、生活再建支援であり、家族支援であり、地域で暮らし続けるための運営基盤の確立であるはずだ。
そういう視点で考えると、この会社は「退院後の患者を支える仕組みを運営する会社」という表現がいちばんしっくりくるのかもしれない。
もちろん、すべてをそのまま日本に持ち込めるわけではない。
中国と日本では制度も、保険構造も、病院機能も、家族介護の前提も、専門職の配置も異なる。中国のモデルをそのまま日本に輸入すればよい、という話ではない。
また、同社のサービスや運営にも伸びしろは大きい。
24時間以内のAIマッチングの達成率をいかに改善するか。スタッフ間のスキルの差、稼働率の差はどれくらいか。都市別の稼働率をどう均霑化していくか。キャンセル率、事故率、クレーム率、再訪問率をどう改善していくか。品質管理データをいかに効果的に現場改善にフィードバックしていくか。そして中国においても、中長期的にはデータ管理(医療・介護データの同意取得、アクセス権限、監査ログ、個人情報保護)により厳格さが求められるようになっていくのだろう。それを担保するためには一桁大きいシステム投資が求められることになるかもしれない。
しかし、成長に限界はない。改善のためのチャレンジは無限に続く。
我々が彼らから学ぶべき点は明確だ。
この会社は、理念を単なる言葉で終わらせていない。
専門職を育て、サービスを設計し、保険会社と組み、全国の人材をネットワーク化し、システムで調度し、データで品質を管理しようとしている。
理念を「実装」しているのだ。
日本の在宅医療・介護には、世界に誇れる実践がたくさんある。
多職種連携、看取り援助、在宅緩和ケア、地域包括ケアシステム、訪問看護、介護保険サービスと包括的なケアマネジメント。これらの蓄積は非常に大きい。
しかし一方で、私たちは制度の枠に最適化しすぎていないか。職種の境界に閉じこもりすぎていないか。診療報酬・介護報酬の範囲でしかサービスを発想できなくなっていないか。テクノロジーを入れること自体をDXだと勘違いしていないか。専門職を増やすことだけでスケールしようとしていないか。
彼らのチャレンジは、我々にそんな問いを突き付けているように思う。
「専門性を基盤に、サービスを核心に、技術を支えに」
この言葉は、日本の在宅医療機関・看護介護事業経営者にもそのまま刺さる。
専門性だけでは足りない。
技術だけでも足りない。
理念だけでも足りない。
制度に乗るだけでも足りない。
患者と家族の「現実」を起点に、その課題解決をサービスとして設計し、それを優れた専門職が実践し、その効果的な実践と継続的な向上を技術で支え、保険や制度や地域資源も巻き込みながら、持続可能な仕組みを作り上げていく。
これからの在宅医療・介護に求められるのは、個々の事業者が、サービス提供(サービス提供量の確保=収入の確保)を目的化するのではなく、どうすれば「真のニーズ」に対して解決策を提案できるのか、それぞれがじっくりと考え、よりよい仕組みの実現のために行動することではないだろうか。
その答えの1つは、個々の事業者のケアの質の向上かもしれない。あるいは運営の効率化かもしれない。あるいはそのために地域単位で多職種が共同事業体を形成し、一体的なサービス提供を目指すことかもしれない。全国レベルで同職種が連携し、同一のシステムプラットフォームの上でそれぞれの地域のサービスの質と専門職配置・稼働率の均霑化を試みることかもしれない。全額自費や民間保険会社との連携に基づく新たな選択肢の確保かもしれない。あるいは国境を越えたケアプラットフォームの構築かもしれない。
抚理健康(Fulfill Homecare)はゼロからの創業、わずか10年で、ここまで到達した。
30年のアドバンテージのある日本、「前例」に捉われることなくその知見を活かすことができれば、10年後には社会に対して新しい信頼できる選択肢が提示できるのではないか。いや、少なくとも2035年までには、医療保険・介護保険サービスだけに依存する現状を脱却しておく必要があるのではないか。
日本の在宅医療・介護も、まだまだ進化できる。
いや、進化しなければならない。
同社を知れたのは今回の上海訪問の一番の収穫。
王青さんの目利きにはいつも脱帽。
佐々木淳



