病気ではなく、人を見る ― 李辛先生との対話から
中医学の重鎮、李辛先生とお話の機会をいただいた。
李先生は、中国伝統医療の世界で高く評価されている人物。
実際に会って最も印象的だったのは、その穏やかさ。何かを強く主張したり、自説を押し付けたりすることはない。むしろ相手の話をよく聞き、対話の中から共通の問いを見出そうとする。
この謙虚な姿勢が、先生が尊敬を集める理由の一つなのかもしれない。
僕が在宅医療に携わっていることを知って今回の機会を作ってくださり、高齢期や人生の最終段階をどのように支えるか、そしてそれを医療者だけでなく一般市民も学ぶ必要があるという点で意見が一致した。
先月はインドでアーユルヴェーダに触れる機会もあった。
中医学もアーユルヴェーダも、現代の科学的方法論によって構築された体系ではない。個々の理論や説明の中には、現代医学の基準では十分に検証されていないものも少なくない。
しかし、それらは数千年にわたり人間の生老病死に向き合い続けてきた知の集積でもある。膨大な症例経験の蓄積であり、人間観察の歴史でもある。もちろん経験の積み重ねをそのまま科学的エビデンスと同一視することはできない。しかし、だからといって現代医学がその価値を否定するのも違うだろう。
現代医学は人類史上もっとも強力な医療体系だ。感染症、外傷、急性疾患、慢性疾患の重度化・合併症予防において一定の成果を上げてきた。その恩恵を否定する理由はない。
しかし、在宅医療の現場にいると、現代医学だけでは十分に扱いきれない領域が確かに存在することを日々痛感する。
人々が苦しむのは病そのものに対してだけではない。不安や孤独、老いへの戸惑い、死への恐れ、家族との関係、自分の人生をどう意味づけるかなど、その問題は「病気の治療」だけでは解決できない。いや、治療がむしろ問題を複雑化させることもある。そして、人生の最終段階になればなるほど、その比重は大きくなる。
李先生の思想の核心は、病気ではなく人間全体を見ること。
身体、心、生活、家族、環境を切り離さず、一つの生命活動として捉える。それは中医学の概念を超えて、在宅医療が向き合う課題とも深く重なる。
現代医学と伝統医療を対立するものではない。それぞれが見ている人間の異なる側面として捉えたい。科学的検証は必要だ。しかし同時に、人類が長い時間をかけて蓄積してきた知恵にも真摯に耳を傾けたい。
李辛先生との対話とインドでの体験は、医療とは何か、人を支えるとは何かを改めて考える機会になった。特に人生の最終段階において、現代医学という武器が通用しないことが多い。
その人の人生にどう向き合うのか。
李先生から御謙本いただいた「德藝雙馨」の英訳本、これは中国の成語で「人格(徳)と能力(芸)の双方が優れている」という最高級の賛辞として使われる言葉らしい。
いつかそんな人間になれるよう、とりあえずいただいた本を上海の夜長に読んでみたいと思う。
ちなみにこちらでの食体験も星付きの評価を裏切ることなく、素晴らしいものでした。
おつなぎくださった王青さん、ありがとうございます。
佐々木淳


