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上海で見た、中国版地域包括ケアの未来

コロナ禍以来、久しぶりの上海。
渋滞は相変らず、そして今朝のPM2.5は36も相変らず(敏感な人の健康に有害なレベル)だが、街には緑が溢れ、街路樹の木陰が心地よい。
聞けば上海市は緑被率の改善に計画的に取り組んでいるという。
かつて10%程度だった緑被率は34%に。まとまった緑地を新たに確保するのが難しい大都会だが、街路樹の樹冠を育てる、屋上緑化を進めるなど、小さな努力の積み重ねで街に自然を取り戻している。年間7万本の街路樹や公園樹を伐採、灼熱の太陽からの逃げ場がなくなりつつある東京都とは対照的だ。

中国では新しい公的介護保険サービスが本格的にスタート、介護の5か年計画も更新され、ここ上海でも「介護」は新しいフェイズに入っていた。
16万人の高齢者に在宅ケアを提供する中国最大の在宅介護事業会社『福寿康(Fortune Care)』。二日間にわたって同社が運営する高齢者施設と訪問看護・介護ステーションを訪問、規制改革推進会議でご一緒する時田さんのご縁で、コアメンバーと議論の機会をいただいた。
システマティックな運営とテクノロジーが実装された現場。

圧倒された。
すべての記録は電子化・構造化され、リアルタイムに集約される。
遠隔モニタリングシステムからのデータも患者単位で統合され、ケアの内容とケアプランのAIによる妥当性評価が24時間動き続ける。記録システムはシンプルで普遍性が高い。
Dxというならこれくらはできないと、と思っていたことができていた。中国以外の国でもそのまま使えそうだ。
紙とFAXの日本の医療介護業界、カスタマイズという名のガラパゴス化が進行する日本のシステム業界とは程遠い。そもそも目標の「レイヤー」が違い過ぎる。今後、同社は(もしかすると国境も超えて)指数関数的に成長していくに違いない。

「父親を安心して任せられる介護サービスが、中国にはなかった。」
創業者の張軍氏がこの個人的な課題に直面してから、同社はわずか15年で中国最大級の介護事業会社に成長した。スマートなシステム、合理的なデータベースは、同社に出資するテンセントや保険会社との共同産物か。すでに単なる介護事業会社の枠を超えた存在感を発揮しつつある。
多くの起業家が市場規模や成長性から事業機会を見出すのに対し、彼の出発点は「当事者意識」。日本留学中、父親の健康状態が悪化、自分一人で両親を支えなければならない将来への不安を抱いた。中国の一人っ子政策世代の彼にとって、それは逃げられない現実だった。
九州大学大学院でMBAを取得した後、麻生グループで日本の介護事業に触れる機会を得た。そこで目にしたのは中国とは全く異なる高齢者ケアの姿。高齢者は住み慣れた自宅で生活しながら、訪問介護、訪問看護、リハビリテーションなどの専門サービスを受けることができる。介護は家族だけが背負うものではなく、社会的な仕組みによって支えられている。

一方、中国の状況は全く違った。
当時の中国では、介護はほぼ家族だけに依存していた。父親のために介護施設を探しても満足できる選択肢は少なく、在宅介護を支える専門サービスもほとんど存在しなかった。彼はここで、介護施設の不足以前に、家族介護以外の選択肢がないことに強い課題意識を持つことになる。
2011年、彼は福寿康を創業する。
彼が目指したのは日本型の在宅介護システムを中国に根付かせることだった。
訪問介護からスタートした福寿康だが、現在は介護事業会社の概念を超えた存在になっている。中核事業は訪問介護だが、それに加えて訪問看護、在宅医療、リハビリテーション、認知症ケア、介護DX、そして人材教育を一体的に提供する、いわばプラットフォーマーだ。
わずか15年で患者・利用者の「自宅」を中心に、医療と介護を統合したサービスモデルを構築した。
事業規模も急速に拡大している。
現在では中国75都市以上に展開、396の訪問看護ステーション、193のデイサービス、12の高齢者施設、7の医療機関、7の介護専門学校など、多数の拠点を運営する。従事する看護師・介護専門職は2万人に達し、中国の在宅介護分野ではトップクラスの規模だ。

しかし福寿康の真の存在意義はその規模だけではない。
彼が見据えているのは、「中国版の地域包括ケアシステム」の構築そのものだ。
その戦略の中心にあるのが「長護険(長期介護保険)」だ。
中国では日本の介護保険制度を参考にしながら長護険制度の整備が進められている。福寿康は制度の全国展開に先回りする形で主要都市へ進出を完了し、サービス提供網を構築してきた。介護保険制度が拡大すれば、最も大きな恩恵を受けるポジションをすでに確保している。
興味深いのはその展開先だ。
多くの企業が北京、上海、深圳、広州などの「一線都市(超巨大都市)」に集中する中、福寿康はそれよりも小規模な二線(人口1000万クラス)・三線都市(人口100~500万クラス)への進出を加速させている。
中国の高齢化は、日本同様、大都市より地方都市の方が深刻だ。
若年層は都市部へ流出し、地方には高齢者だけが残る。介護人材も不足し、サービス供給も追いついていない。中国の介護市場の本当の主戦場はこれらの地方都市、福寿康が二線都市より先の小都市群へ全国展開を急ぐ理由もそこにあるのだろう。

さらに介護人材の育成にも力を入れている。
中国の介護産業最大の課題は施設不足ではなく人材不足。最適な介護人材を自前で育成できる企業が、最終的な市場の支配権を握るのだろう。
しかもとってつけたような専門学校ではない。「A級学校」として政府から認証を受けた高品質な教育事業者だ。また同社が開発した教育システムもオンライン学習用に公開されている。また試験や面談、フォローアップまでAIが行うなど、ここでもテクノロジーが積極的に活用されている。

DXにも積極投資している。
目的は単なる業務効率化ではない。利用者データ、サービスデータ、人材データを統合し、介護サービス全体をプラットフォーム化することにある。将来的には介護会社というよりも「高齢者ケアのデータインフラ企業」へ進化しようとしているように見える。
昨日見学した高齢者施設には、ベッドセンサーとモーションセンサー(顔面は特定されない)が設置され、バイタルサインやベッド上での状態、転倒のリスクなどをモニタリングしていた。ここで集められたビッグデータは、近い将来導入される機能別ロボットやフィジカルAIの学習用に使われるのかもしれない。
また、高齢者施設内に「オンライン診療ブース」が設置され、3級病院(高度急性期病院)の専門医の診療を施設内で受けることができる。ブースではバイタルサインや体組成、心電図までが測定できるようになっている。診療所も併設されているため、指示に応じた採血等の検査の実施も可能だ。いわば大病院の「バーチャル病棟」としての運用も不可能ではない。

さらに医療・介護・リハビリの統合も進められている。
高齢者のヘルスケア関連の支出の中心は「介護」ではなく「医療」、つまり慢性疾患管理や急性期対応、リハビリなどだ。同社は将来の事業モデルの医療シフトのために、介護事業会社から在宅総合ヘルスケア企業へと転換を進めている。そして、そのクロスセクショナルな事業展開のために、多くの医師免許ホルダーも事業運営側に加わっている。

しかし課題もある。
福寿康の成長は現時点では介護保険制度への依存度が高い。地方財政の悪化や給付抑制が起これば成長スピードは鈍化する。
そのため同社は認知症ケア、訪問入浴、自費サービス、介護用品、スマート介護機器など保険外事業の拡大にも取り組んでいる。すべてのニーズが介護保険でカバーできるわけではない、というのは日本でも同様だが、サービスのカバレジの大きい日本ではここまでダイナミックな自費事業を展開している企業はほとんどない。
親の介護によって家族が疲弊する社会。
これを何とかしなければ。

張軍氏の問題意識は創業時から一貫している。
その結果として生まれた福寿康は、いま中国の高齢化社会を支えるインフラ企業へと成長しつつある。しかし、彼が目指しているのは単なる介護サービス会社としての成功ではない。中国版地域包括ケアシステムを民間主導で構築することだ。
その挑戦は、中国が世界最大の超高齢国家として進んでいく中で、今後さらに大きな意味を持つことになるだろうと思う。
45歳の張軍氏はビジョナリーだが、穏やかで話しやすく、人を引き付ける魅力がある。
他の中核メンバーも彼の下で安心して力を発揮することができるのだろう。
事業展開の考え方、マネジメントスタイルなど、とても勉強になった。
特に事業形態としては僕らのインド事業にも近く、今後の成長戦略を考える上でも非常に参考になった。
目が離せない会社がまた一つ。

佐々木淳

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