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AIは医師の仕事を奪うのか、それとも変えるのか

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AIによって医者の仕事は減るのか。

昨日発のNEJM(世界で最も権威ある医学雑誌の1つ)に面白い論考が掲載されていた。
https://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMp2607831
AIが臨床業務の一部を代替しても、医療従事者全体の仕事や雇用が減るとは限らない。むしろ医療の利用が拡大し、働く人が増える可能性があると。

理由は、主に次の3つ。
1.効率化すると利用量が増える(ジェヴォンズのパラドックス)
一般的には、AIによって医師1人が短時間で多くの患者を診られるようになれば、必要な医師数は減ると想定される。しかし、医療が安く、速く、安全になると、それまでなかった需要が新たに生まれる。
例えば、白内障手術や人工関節置換術は、技術進歩によって手術時間が短縮し、安全性が高まり、入院期間も短くなった。より高齢の人や軽症の人まで治療対象となり、結果として手術件数は増加した。
AIについても同じことが起こりうる。
画像診断が速く安くなると、検査件数が増える。
認知症の早期診断が容易になると、検査や経過観察の対象者が増える。
オンライン診療が普及すると、これまで一部の医療にアクセスできなかった人も診療を受けられる。
在宅でのモニタリングが容易になると、在宅で安全に治療・管理可能な領域が拡大する。
1件当たりの医療に必要な労力が減っても、医療を受ける人と提供される医療の総量が増えれば、臨床現場全体の仕事は減らないどころか、増加する可能性もある。
ただし、これは常に成立する法則ではない。
患者数、財源、診療報酬、医療へのアクセスなどが上限となり、需要が十分に増えなければ、効率化がそのまま人員削減につながる可能性もありそう。

2.仕事の総量は決まっていない(「労働の塊」誤謬)
「AIが診断の半分を行えば、医師の仕事も半分になる」という考え方には、社会に存在する仕事の量は一定だという前提がある(これを「労働の塊」誤謬と呼ぶらしい)。
実際には、技術が進歩すると仕事は単に消えるのではなく、内容が変わり、新しい仕事が生まれる。
例えば、CTやMRIが登場したことでエックス線検査が消えてなくなったわけではない。また、画像の撮影・読影だけでなく、検査適応の判断、偶発所見への対応、他科との協議、患者への説明、治療効果の評価など、新しい仕事が生まれた。
AIによっても、次のような仕事が増える可能性があるとする。
AIが示した結果が患者に本当に当てはまるかを判断する。
複数の選択肢を患者の価値観に合わせて調整する。
AIの誤りやバイアスを発見する。
AIを使った新しい治療・予防プログラムを運用する。
遠隔診療や在宅医療で、より多くの患者を継続管理する。
AIを監督し、その結果について最終的な責任を持つ。
将来的には「今の仕事がそのまま残る」ことは、まあまずないのだろう。いわゆる定型的な仕事は減り、判断、統合、説明、調整、責任といった仕事の比重が高まっていくことになる。
ここは別にAI時代の医師のアカウンタビリティに関する面白い論文があるので、それはまた次に機会にご紹介したい。

3.タスクを代替できても、医師という仕事全体を代替できるとは限らない
医療は、一つのタスクだけで完結する仕事ではない。
例えばAIが胸部画像から肺がんの疑いを正確に検出できたとしても、その後には次のような仕事が生まれる。
その患者に追加検査を行うべきか判断する。
年齢、併存疾患、生活状況を踏まえて検査の利益と負担を評価する。
結果を患者と家族に説明する。
手術、薬物療法、経過観察などを患者と相談して選択する。
合併症や心理的負担に対応する。
最終的な判断と結果に責任を持つ。
AIはこれらの一部は行えても、診療全体は自動化できない。
ここで出てくるのが「Oリング理論」。
複数の工程からなる仕事では、どこか一つに重大な失敗があるだけで、全体の成果が損なわれる。診断精度が高くても、検査対象が間違っていたり、説明が不十分だったり、患者の希望と治療方針が食い違ったりすれば、良い医療にはならない。
したがって、AIが得意な部分が自動化されるほど、残された人間の仕事、たとえば

文脈を読む
情報を統合する
不確実性を扱う
患者と合意をつくる
例外に対応する
最終的な責任を引き受ける
などの相対的な価値が高まる可能性があると。

こういうことが苦手な臨床医はたくさんいるような気がするが。
医師の仕事はそう簡単にはなくならない。
しかし、それは同時に、医師の仕事は将来も安泰だ、という意味でもない。

定型的なタスクはAIに移る一方、医療へのアクセスと提供量が拡大し、人間の臨床医には判断・説明・調整・監督・責任、これらに関する部分がより大きくなる。
その結果、臨床職全体の雇用は縮小せず、むしろ拡大する可能性もあるとする。
つまりAIは医師の仕事を「減らす」のではなく「変える」。
ただし、医療従事者全体が増えることと、すべての職種・診療科・個人が守られることは別問題。
AIと重複する業務だけを価値の中心にしている臨床医は、当然、居場所を失うことになるだろう。一方、AIを使いながら患者の状況を総合し、対話を通じて意思決定し、その結果に責任を持てる臨床医の価値は高まっていくことになるのではないか。
「AIに何ができるか」を問う段階は終わりつつある。
AIによって生まれた余力を、より多くの検査や診療に使うのか、それとも患者との対話やケアの質に振り向けるのか、あるいはその分の需要を抑制するのか。

たとえば米国などでは、AIの活用によって医療の価格破壊が起こるかもしれない。抑制されていた利用(需要)が一気に爆発するかもしれない。
一方、日本では財政的な制約によって、効率化で生まれた供給余力は制度側に回収される可能性が高そうだ。すでに医学部定員の削減も始まっている。
制作力学的にはジェヴォンズのパラドックスよりも、AIによる生産性向上は、医療アクセスの拡大ではなく、人手不足と財政制約の穴埋めに使われる。
AIが日本の医療にもたらすものは福音か。
それとも実質的なサービスの質の後退か。

佐々木淳

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