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望まぬ入院を減らすために、地域のケアをどう支えるか。台湾の医療・介護から、日本の提供体制を問い直す。

高齢者専用の救急病院を作れ。
この救急医たちの提言を、在宅医の一人として複雑な気持ちで読んでいる。
治療の低侵襲化に伴い入院依存は下がっていく。
加えてDx化は安全・効果的に実施できる病院外医療の可能性を拡大している。
病院でしかできないことはある。一方で、病院でなくてもできることも着実に増えていく。
超高齢者の「医療ニーズ」。
これは因数分解すると、実はその過半は「ケアニーズ」。
それはすなわち「社会的ニーズ」でもある。
在宅の現場では、自宅で安全に治療できるようなケースでも、介護力や不安を理由に入院が選択されるケースが少なくない。悠翔会の井上先生の分析では、在宅患者の緊急入院の約40%は医学的・医療的には十分に回避可能なものだった。
それでも入院が選択されるは、患者側要因・社会的要因によるもの。
要介護高齢者+高齢単独世帯が増えていく。
一方、ACPを通じて多くの在宅患者が「できれば入院したくない」と意思表示をし始めている。
この現状に対して、在宅「医療」の充実だけでは十分に対応できないというのはすでに明らかにされている。
そして、その代替選択肢は、現時点では入院しかない。

Xには病院に送られる高齢患者に対して「在宅医は何をしているんだ」という救急医たちの怒りのポストが溢れる。僕の在宅医療に関するポストにも、多数の批判的コメントやリプライを頂戴する。
しかし、我々在宅医にできるのは「医療」の提供だけ。
回避可能な入院を防ぐために必要なのは「ケア」の提供体制なのだ。
そして逆説的だが、病院がこの「社会ニーズ」に対応し続けているからこそ、地域でのケア提供体制が育たない、という現実がある。
病院がある、病床は空いている。入院すればいいじゃないか。これ以上介護に人手を割くつもりか。これが家族・介護事業者、そして病床過剰地域の病院経営者の考え方ではないか。
歯がゆい思いをしているのは現場の救急医だけではない。
我々在宅医も同じだ。
もちろん選択肢がないわけではない。
急変時などの一時的なケアニーズの増大に対応できる介護サービスも制度上は存在する。

例えば小規模多機能(または看護小規模多機能)。訪問介護(看護)と通い+泊まりの機能を組み合わせ、不安定な患者のニーズにフレキシブルに対応しうる。
肺炎になった。本人は入院したくない。自宅で診るのが難しいなら、看護小規模多機能を使えばいい。看護と泊りを使って、酸素と点滴が外れるまで24時間ケアできる。そうすれば望まぬ入院を回避することができる。
そう考えて、自分で経営をしてみて初めてわかった。
そこには「なにか」に備えるための人的・経営的余裕は全くない。介護報酬がギリギリすぎるのだ。そして実際、多くのこれらの多機能型地域密着型サービスは、固定的なケアプランの提供にとどまり、不安定時に十分な対応ができていない。
超高齢者・要介護高齢者の複合ニーズにどう対応するか。
これは、それぞれの社会で設計するものであるはずだ。

日本では「病院から地域へ」という大きな政策的な方向性の中で、老人医療無料化を廃止し、長期入院=病棟の介護施設化を抑制し、介護保険制度を設立し、“Aging in Place”を支えるために地位包括ケアシステムという概念を提唱し、そして、医療介護福祉経営者も自治体も専門職もその方向性で頑張ってきたはず。
しかし、いま、それを諦めたようにも見える。
家でできることはどんどん拡大しているのに、それができる環境が整わない。介護サービスは削られ続け、意向が尊重されない高齢者も、そして疲弊する家族も増えている。そして、状況はどんどん悪くなっているように感じる。
結果として、急変し搬送される高齢者に対し、救急医たちは憤りを隠さず、「高齢者専用の救急病院と作れ」と政策提言に至っている。このような状況で動き始めようとしている救命医療の不開始・中止に関するガイドラインには、単に本人の尊厳を守るに留まらない、政策的な意図がないと言い切れるだろうか。

台湾での5日間の日程を終えた。
最終日は朱先生と恵さんと台中の旧市街をお散歩。
日本統治時代の足跡も感じつつ、台中ならではの体験をさせていただいた。
(台中市内の写真は100年以上の歴史の本屋さんで)

その後、台中エリアで6医療機関(2つの救急総合病院+2つの専門病院+2つの診療所+介護施設など)を展開する李先生と、これから先の病院経営、入院機能と在宅医療の在り方について有意義な意見交換の機会をいただいた。
台湾は日本の経験をみながら、慎重に制度化を進めているように見える。
日本は成功しているように見えるところもある。しかし、明らかに効果的に機能していない部分もある。病院と地域の役割分担、そして介護力不足はその中の2つだ。
台湾は在宅での急性期治療、そして回復期への積極的投資を始めている。
その費用対効果は厳格に計測され、そして、その範囲は徐々に拡大されてきている。その病床数は人口あたり日本の半分程度だが、そのアウトカムは日本に比して決して見劣りしない(というかむしろ優れているのではないか)。
台湾には独立した財源を持つ介護保険制度はない。いわゆる日本でいうところの「措置の時代」だが、自助・互助・公助の最善のバランスを図る中で、介護力の弱い高齢単独世帯は、24時間生活を共にする外国人ヘルパーを雇用できるという選択肢がある。ケアの質は十分ではないという指摘がある一方で、これは訪問介護・看護による短時間のポイントケアでカバーできないニーズに十分に応えられているように見える。特に高齢単独世帯における在宅入院(在宅急性期治療)には彼女たちは必要不可欠な存在として機能している。
日本には「素晴らしい制度」があるが、正直、目詰まりしている感が否めない。
医療技術の進化・医療ニーズの変化に応じた病床数・病床機能の調整が進まない。
「いまある病床をどう活用するか」という視点からすべての議論が始まるので、結局、病床稼働率をどう上げるか(いかに患者を入院させるか)という病院経営の基本原則は変わらない。一方、第一線の医師たちは、ケアニーズの患者が受診・入院することの違和感を隠さない。そして入院した高齢者たちは、入院という高侵襲な環境下で身体機能・認知機能を低下させ、死亡退院・自宅に帰れない高齢者も少なくない。これはインセンティブの方向性として明らかに誤っているのではないか。
介護保険制度は、逆に仕組みとして充実しすぎたために、それ以外のサービスの選択肢が育たない。しかし、介護保険サービスは財源不足で報酬は削られ続け、訪問介護など、基本的サービスですら提供されない地域も増えてきている。一方で、台湾のように24時間の自費ヘルパーを入れようにも、日本人世帯は外国人ヘルパーを直接雇用できない。結果として、介護保険サービス(短時間のポイントケア)だけでニーズを満たせない人は施設入所を強いられることになる。これはより高額な支出を本人・家族と社会の両側に強いることになる。
高齢者専用救急病院を作る前に、まずは患者の「真のニーズ」を中心に、改めて医療も介護も、現実的な提供体制について再考すべきではないか。そして、それが医療のアウトカム的にも、ケアの費用対効果的にもより合理的なのではないか。

今回は、台湾の3つのメディカルセンターに加え、2つの地域病院、在宅医療専門クリニックを見学し、経営陣を含む多くの先生方と直接意見交換をする機会をいただいた。
日本でも自分たちの取り組みを客観視できる、学びの多い有意義な時間となった。
貴重な機会におつなぎいただいた台中栄民総合病院の朱先生、台北医学大学のChiu先生、国立台湾大学のLi先生、HOSO ClinicのHuang先生、員郭病院のKuo先生、李病院グループの李先生はじめ関係者のみなさまに改めて心から感謝申し上げます。

佐々木淳

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