「感度95%」でも、陽性=認知症ではない―アルツハイマー病血液検査の落とし穴
「感度95%の認知症検査」でも、陽性=認知症ではない。
新しいアルツハイマー病の血液検査では、「感度95%」「偽陽性4%」「精度95%」など、非常に良い数字が示されるようになってきた。
これを見て「95%当たるなら、陽性になったら95%の確率でアルツハイマー病なのだろう」と考える人が多いと思う。
しかし、実際にはそうではない。
感度95%とは、「本当に病気を持っている100人を検査したら、95人を陽性として見つけられる」という意味。「検査が陽性だった人が95%の確率で病気」ということではない。
では、陽性になった人が実際に病気である確率は何で決まるのか。
ここで重要になるのが、検査を受ける前の事前確率=「その人がそもそも病気を持っている可能性」だ。
プレゼンで共有されたアルツハイマー病の新しいバイオマーカー(血液検査)は、感度95%、特異度96%(つまり病気でない人の4%が誤って陽性になる)。
非常に優秀な検査だ。
1000人を検査すると、結果はこうなる。
たとえば65歳未満の集団。
事前確率(認知症がある、または近い将来認知症になる確率)が1%と仮定すると(実際にはもっと低い)、1000人中、本当に病気がある人は約10人。感度が95%ならほぼ全員が検出される。しかし、特異度が96%ということは病気でない人の約40人も陽性になる。つまり、50人の陽性者のうち、本当の病気の人(10人)の割合(陽性一致率)はわずか20%、5人中4人は実際には問題ない、ということになる。
では70~80歳の集団ではどうだろう。
認知症の事前確率を10%とする。すると、本当に病気のある人は1000人中100人。こうち95%、つまり95人は検査が陽性になる。一方で病気のない900人のうち4%、28人も陽性になる。全体で133人の陽性者、うち95人が病気なので、陽性一致率は約70%、5人が見逃されるということになる。
ちなみに95歳以上(事前確率50%)で同様に検査をすれば、陽性一致率は96%まで上がる。つまり、どんなに感度の高い検査であっても、「病気の人を病気と検出する力」は、事前確率によって大きく異なるのだ。
ブレインヘルスを政策として推進していこうという動きは官民双方で非常に強い。
そのような中で僕が懸念するのは、この検査がおそらく「脳ドック」などのオプションとして追加されるであろうことだ。
認知症の症状のない現役世代にこの検査をすれば、その陽性者の多くは、実際には病気ではない。しかし、おそらく「精度95%のアルツハイマー病検出検査」と説明されると、多くの人は、自分が間違いなく認知症になると思うだろう。
また、認知症の検査には、さらにもう一段難しさがある。
この血液検査(アルツハイマー病のバイオマーカー)には、通常の血液検査にはない問題をはらんでいる。
仮に検査が正しく「脳にアミロイドがたまり始めている」と判定したとしても、それは「あなたは現在認知症です」という意味ではない。
さらに、「あなたは将来必ず認知症になります」という意味でもない。
ここは非常に重要だ。
認知機能が正常でもアルツハイマー病関連の脳の病理所見を持つ人は存在する。病理が出現してから臨床症状が現れるまで長い期間があり、特に高齢者では、認知症になる前に別の原因で亡くなることもある。
つまりこの検査には二種類の「問題のある陽性」がある。
一つは、本当は問題がないのに検査が陽性になる「偽陽性」。
もう一つは、病理所見自体はあるけれど、本人が生涯認知症を発症するとは限らないという「過剰診断・予後の過大解釈」。
後者は通常の感度・特異度には表れない。
それでも本人には「あなたは、この高感度の検査で陽性と出た」と伝わる。
健康だと思って認知症ドックを受けた若い人が、「アルツハイマー病の血液検査が陽性でした」と言われる。
多くの人はこれを、「私はアルツハイマー病になってしまった」または「これから認知症になる、あと何年普通に生活できるのだろう」と受け止めるだろう。
そこからMRI、専門医受診、Amyloid PET、髄液検査、繰り返しの認知機能検査などが始まるかもしれない。
そして今まで何とも思わなかったちょっとしたど忘れのたびに、「始まったのではないか」と思うようになる。家族も同様に本人の些細な変化に怯えるようになる。
「最近同じ話をした」「物の名前が出てこなかった」という誰にでもあるよくある現象まで、認知症の兆候として見るようになるかもしれない。
仕事をいつまで続けるか、運転をやめるべきか、財産管理をどうするか、家をどうするか、家族に迷惑をかけるのではないか。
一つの検査結果が、その後10年、20年の人生の見え方そのものを変えてしまう危険がある。
しかも後から追加検査で「大丈夫でしょう」と言われても、一度植え付けられた「自分はアルツハイマー病になるかもしれない」という恐怖を完全に消すのは簡単ではない。
「良い診断検査」と「良い検診」は別物なのだ。
このバイオマーカーの出現は喜ばしいことだ。
すでに認知機能低下があり、アルツハイマー病が疑われている人に使えば、非常に有用だと思う。このような人たちはもともとの事前確率が高いので、陽性的中率も高くなる。PETや髄液検査などの負担を減らせる可能性がある。
実際、2025年のAlzheimer’s Associationの血液バイオマーカー診療ガイドラインも、対象を「客観的な認知機能障害があり、専門診療を受けている患者」としており、検査前に包括的な臨床評価を行い、「事前確率を考慮すること」を求めています。
また2024年のAlzheimer’s Associationの診断基準は、現在のところ、「認知機能が正常な人」を日常診療でバイオマーカー検査することを支持していない。
しかし、腫瘍マーカーを人間ドックに入れてしまうような日本の医療機関にここまでの思慮があるかは本当に疑わしい。そしてこの簡単な統計の計算ができない医療者も残念ながら存在する。
市民が、自らリテラシーを身に着けるしかない。
「感度95%の検査」でも、健康な人1000人に使えば、陽性の多くは実際には病気ではない。そして陽性だったとしても、その人が将来認知症になるとは限らない。
大切なのは『検査の精度』ではなく、『誰に検査するのか』『陽性になったら何がわかるのか』『検査をすることでその人の人生が本当によくなるのか』。
認知症ドックの提供者は、検査を販売するなら「感度95%」を示すのではなく、同じ画面に「想定される対象集団での陽性的中率」と「1000人検査した場合の偽陽性人数」まで表示すべきだろう。これは重要な消費者保護でもある。脳ドックに安易に「アルツハイマー病高感度バイオマーカー」がリストアップされる前に、事前の規制も検討すべきではないいか。
今日は香港で開催されているBrain Health Forum2026に参加している。
Hong Kong University of Science and TechnologyのProf. Nancyのプレゼンは、認知症診断の最新情報をくまなく網羅されていた。
テクノロジーは進化する。
それを人々の幸せにつなげるためには。
ここに臨床の存在意義がある。
改めてそんなことを思った。
佐々木淳


