生命は「つながり」でできている ― ネットワーク医学が切り拓く新しい医療
面白い論文を読んだ。
人間の体って我々が想像していたよりも、もっともっと複雑なのかもしれない。
“The heart has a ‘little brain’ — and it protects against stress”
https://www.nature.com/articles/d41586-026-02269-y
この研究は心臓に存在する局所神経ネットワークが、単なる自律神経の中継点ではなく、ストレス下で心機能を自律的に維持する制御中枢=「小さな脳」として働いていることを示した。
これは単に「心臓にも神経がある」という話ではない。
臓器は独立した単純作業機関ではない、ということになる。
近年、この手の報告がいろいろあって、とても興味深い。
例えば、腸にも「第二の脳」があるとされる。
腸管神経系(Enteric Nervous System)はなんと約4〜6億個もの神経細胞で構成される。これは脊髄に匹敵する規模だ。消化管は脳から切り離されても、蠕動運動、消化液分泌、局所血流、バリア機能などを自律して制御できる。同時に絶え間なく脳と情報交換(その80%が腸から脳へのインプット)しながら全身制御に影響を与える。体内最大の免疫臓器であることはすでに知られるが、加えてさまざまな化学物質を消化管内で生成するとともに、腸内細菌とのインターフェイスとしても重要な役割を果たす。
免疫細胞も自ら神経伝達物質を産生し、神経系と双方向に会話している。
骨や筋肉、脂肪組織などの単純に見える臓器でさえ、さまざまなホルモンやサイトカインを分泌して脳や筋肉、肝臓、血管、免疫系、性ホルモンなど全身の代謝に大きな影響を与える。
臓器は単なる「独立した部品」ではなく「情報ネットワークの結節点」と理解したほうがよいのかもしれない。
これは大きなパラダイムシフトだと思う。
20世紀の生命科学は「人体を分解する」ことで進歩した。
21世紀後半に向かう生命科学は、その分解した要素を再びつなぎ直し、「生命をシステムとして理解する」段階へ入りつつある。
例えば、認知機能は脳だけではなく腸内細菌、免疫、代謝、睡眠、運動、血管機能などとの多臓器の相互作用の結果として現れると考えられるようになってきている。同様に、老化も臓器単位の問題ではなく、神経・免疫・代謝・機械刺激・微生物などのネットワーク全体の変化として理解されつつある。
病気を「部品の故障」ではなく「情報ネットワークの破綻」として理解する。
単一遺伝子や単一経路ではなく、神経、免疫、代謝、微生物、外部環境・・さまざまな要因の複合体、情報のフローとして考える。
実際、在宅医療の現場で向き合うことの多い認知症、フレイル、心不全、がん悪液質、免疫老化など、「複合的な情報ネットワークの変性」として理解されつつある。
老化や病気(この2つを分離して考えないという考え方も最近のパラダイムシフトの1つと思うが)を単一の臓器や分子ではなく、複数のシステム間の情報伝達の質の低下として捉えることで、「どのネットワークが最初に崩れ始めているのか」を検出し、介入する。
これが新しい医学の目指す方向になるのではないか。
この「心臓の小さな脳」は、重大な生理学的発見であるとともに、生命をネットワークとして捉える新しい医学の流れを象徴する出来事であるようにも思う。
同時に、人は一人では生きていけない、という不変の真理がある。
人間社会もコミュニティとの関係性の中で健康や幸福が決まる。
孤立は、死亡や障害、認知症、うつ病、心血管疾患などに影響する重要な要因として確立されている。人体の中では細胞が孤立すると機能できないのと同様、社会の中では人が孤立すると健康を維持できなくなる。
分子→細胞→組織→臓器→人体→家族→地域→社会→
各階層では一つ下の階層が「部品」となり、その統合によって一つ上の階層の機能が生まれる。
神経細胞が集まって脳ができるように、人が集まって社会ができる。
そしてどの階層でも「つながり」が失われると機能が低下し、生存が難しくなる。
その生命ネットワークは、私たちの身体を超えて、私たち自身も社会という大きなネットワークの結節点であり続ける必要がある、ということなのかもしれない。
これは、高齢者医療・在宅医療とも非常に親和性がある。
フレイルは筋力低下だけではない。
身体的フレイル、認知的フレイル、社会的フレイルなどが相互に影響し合う。
つまりフレイルは、本人の「本体」だけではなく、家族、介護者、地域資源とのネットワークの弱体化でもある。
つまり、高齢者医療は「体内ネットワーク」と「社会ネットワーク」の両方を維持する医療であるべき、と再定義できるのかもしれない。
生命とは、ネットワークの中に存在する現象。
細胞は身体というネットワークから切り離されれば生きられず、人も社会というネットワークから完全に切り離されれば、その健康や幸福は大きく損なわれる。
在宅医療(在宅・高齢者プライマリケア)の本質は、病気を診るというよりは、「患者を支える人的・社会的ネットワークを維持・再構築すること」にあるのではないか。
人体のネットワークと社会のネットワークは階層こそ異なるが「つながりが機能を生み、孤立が脆弱性を生む」という共通原理で捉えることができるのではないか。
昨日は北里大学の医学部3年生の根本君が僕らの診療に同行してくれた。
医療を病院という建物の中で提供される技術ではなく、社会を豊かにするための道具としてどう活用できるか、そんな俯瞰的な視野を持つ素晴らしい人物だった。
彼が臨床医として地域に出るころには、医療の価値観は大きく変わり始めているのかもしれない。
いや、変えていかなければならない。
佐々木淳
