アーユルヴェーダは“古い医療”ではなかった
伝統医療に対する「たいしたことないでしょ」という先入観は完全に覆される。
5000年の暗黙知を構造化したアーユルヴェーダは、1周回って、もしかしたら最先端の医療なのかもしれない。
今回、Dr.Chauhanのご厚意でデリー郊外の滞在型治療施設「Jivagram」に1日ステイさせていただいた。
とても素敵なところだった。一見、高級リゾートのようだが中身は全然違う。
間接光が差し込み、風が吹き抜ける心地よい建物はエコビルディングに認定されているという。
ここで1日3食のアーユルヴェーダ食(ハーブ強化型ベジタリアン)をいただき、自然素材で内装された部屋に宿泊。壁にハーブが練り込まれた土が使用されているからか、室内にはとてもよい香りが漂っていた。
菜食はタンパク質が足りないのではないかと思っていたが、豆類、小麦(グルテン)、カッテージチーズやミルク、ブロッコリーなどが多く使用されており、それなりに摂れた。
今日は早朝からのヨガ。指導者はバラナシでの僧侶経験もある大ベテランのアンタランさん。無駄のないスリムな身体から発せられる強力なエネルギー、両手の指先だけで身体を中空に支えてみせたが、必要なのは「力」ではないという。奥が深すぎてぜんぜん理解できない。その後、医師の診察を受けてからアーユルヴェーダ治療に。体調や体質に合わせたプログラム。特に全身のオイルマッサージはちょっと異次元。20時間の滞在で身体の毒素が抜けきったような気がした。
運営するのはインド最大(世界最大)のアーユルヴェーダ医療機関、JIVA。Dr.Chauhanが創設者だ。
同様の滞在型治療施設を3か所、クリニックを90か所、病院の運営にも関与している。
午後に訪問したJIVAの本部(ここも内装は自然素材だけで構成)では、クリニックでの対面診療の他、なんと300人のアーユルヴェーダ医がオンライン診療を行っていた。毎日8千人を診察、300万人の診療実績があるという。
驚かされたのはテクノロジーの活用。
オンライン診療だけではない、すべての患者の生活歴や診療記録が継続的に構造化・デジタル化されている。
アーユルヴェーダは非常に個別化された治療だが、その根拠となるのが丁寧な生活歴や家族歴の聴取、そして全身診察だ。これまではたくさんの勉強と長年の経験が必要とされたが、これらのデータや所見がすべて詳細に構造化されたことで、AIによる大規模データ解析が可能に。「名医の思考プロセス」が可視化され、経験の浅い医師でも精度の高い診断や治療を行うことができるようになったという。
また、疾患群ごとに診療プロトコルが作成され(これは「標準治療」を定めた現代医療のガイドラインとはかなり異なる)、その妥当性の評価も行われている。例えば2型糖尿病については7000人の患者を対象にプロトコルに基づく40日間の非薬物療法的アプローチでHbA1cを平均で1.4下げたという。たいしたことないと思う人もいるかもしれないが、最新のSGLT2阻害剤もDPP-4阻害剤もせいぜい1%くらいしか下がらない。これはけっこう劇的な成果だ。
実際に本場のアーユルヴェーダを経験し、その裏側にあるデジタルエンジンを見学させてもらって、僕の「伝統医療」に対するイメージは完全に覆された。
医療2.0(疾病治療)から医療3.0(老化治療)へ。
いま、医学研究には新しい流れがある。
ひとつは長寿・老化に関する研究だ。
これまでの医学は疾患の早期発見・早期治療にフォーカスしてきた。しかし、認知症やがん、糖尿病などの生活習慣病は、発症してからでは間に合わないことも多い。そもそもこれらの疾患は「発症」するずっと前から、少しずつ何らかの変化が蓄積されている。そしてその変化の多くは老化に関連する。個々の病気ではなく、それらの病気の背景にある老化(とそれを加速・減速させる要素)に対する研究が飛躍的に拡大し、新しい知見が日々発信されている。
もう1つは個別化に関する研究だ。
医療は「科学的根拠(Evidence)に基づく」とされる。しかしEvidenceの多くは大雑把な「確率」だった。5年生存率が●%、死亡率が●%。平均で血圧が●%下がる。しかし、これらはあくまで「平均」だ。生存率が高くても亡くなる人はいるし、死亡率が高くても死なない人がいる。同じ薬でも血圧が下がり過ぎる人がいれば、全然下がらない人もいる。その違いはなにか。「一般的には効く」ではなく「あなたに効く・効かない」を判断する、そのための研究も進んでいる。
アーユルヴェーダは生き方に対する1つの哲学であり、その具体的介入は生活習慣(食事・運動・睡眠)そしてストレスコントロール(呼吸法や感覚器の刺激など)、時にコミュニティというつながりをも処方する。病気の発症には理由がある、そして発症までには長い時間がかかる。「未病」を診断し、身体・精神・社会心理的に生じている問題点を個別に抽出し、個々の性格に合わせたマインドセットと個々の体質に合わせたライフスタイルによって未来のWell-Beingを維持する。
これが治療者個人のフィーリングや思い込みではなく、5000年の暗黙知+300万人のヘルスデータに基づく非薬物療法と考えるのであれば、まさに医療3.0を具現化しているのではないか。新しいことを開発するだけではなく、長きにわたって生き続けてきた伝統医療の中に、もしかしたら再評価すべき重要な知見が眠っているのではないか。
いろんなことを考えさせられた。
インドでは公的保険のみならず民間保険もアーユルヴェーダを償還対象にしている。
JIVAはドバイに新しいクリニックを開設し、高級なアンチエイジング医療に慣れた新しい顧客にサービスを提供し始めている。
そしてインド政府はAYUSH省を設立し、アーユルヴェーダやヨガなどの伝統医療をバックアップ、インド文化の国家ブランド化やヘルスツーリズム産業化とともに、(無保険者が多いインドにおいて)アクセス容易で文化的親和性の高い医療としてこれらの普及や研究・認証等に予算を投じている。
実際、アーユル医がプライマリケアの主たる担い手という地域も少なくない。
現代医学にアクセスできないからアーユルヴェーダで我慢しろ、というのは違うとは思う。
しかし、科学的根拠に基づく補完代替医療が選択できる、ということはあってもよいのではないかとも思う。
貴重な機会を頂戴しましたChauhan先生、ありがとうございました。
佐々木淳








