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医療ファストパスを考える―追加料金より先に、外来の混雑を減らす仕組みを

先日、新橋で診療を終えてから、高輪で開催される会議に参加するため、時間を節約しようとタクシーを待った。以前なら2分も待てば捕まえることができたはずだが、5分たっても「空車」はこない。「迎車」ばかりなのだ。
やむなく「GOタクシー」を起動した。配車は1分で完了したが、なんと手上げしてくれたタクシーは地図上で確認すると六本木に。所要時間は7分。そんなんで来るわけないと思ったが、案の定、僕の「迎車」が到着したのは10分後。その間、目の前を通過する約20台の「迎車」たち。結果論だが地下鉄に乗ったほうが早かった。
ライドシェアの規制改革は事実上失敗し、タクシー業界はUberの締め出しに成功、加えて日本独自の「タクシー配車アプリ」でさらに利益を上乗せしている。
アプリの普及により、急ぐ人は配車依頼をするようになった。結果、タクシーは呼べば来る。しかし、アプリを使わない人の待ち時間は伸びた。運がよければすぐに捕まるが、運が悪ければ、地下鉄に乗ったほうが早い。結果として、「利便性」の値段は上がった。

話は変わるが、実は先週末、ABEMA-TVに出演を依頼された。
テーマは「医療ファストパス」について。出雲に出張予定だったので丁重にお断りしたが、担当の方がXでの僕の発信をみて声をかけていただいたらしい。
「医療ファストパス」とは、追加料金を支払うことで外来の待ち時間を短縮できる仕組み。あるニュース番組で、500円を支払うことで待ち時間を短縮できる、これが患者さんには好評で、という内容だった。
肯定的な意見は多かった。仕事の合間に受診したい人、子どもの送り迎えや家事に追われる若いお母さんなどにとって、500円で待ち時間を短縮できるのであればありがたい。「時間をお金で買うのは普通のことではないか」という意見には一理ある。
実際、現在の公的医療保険制度でも「予約に基づく診察」は選定療養として認められている。一定の条件のもとで医療機関が保険診療に予約料を上乗せすること自体は制度上許容されている。ルールに違反しているわけでもない。
でも僕はこの話を聞いた時に、違和感が拭えなかった。

■「お金を払った人から先に診る」でよいのか
一つ目の違和感は、公的医療において「追加料金を支払った患者を優先する」という原則を、どこまで認めてよいのかということ。
医療にはもともと優先順位がある。
胸痛を訴える患者と軽い湿疹の患者が同時に来れば、胸痛の患者を先に診る。救急外来ではトリアージが行われ、緊急性や重症度に基づいて診療順序が決まる。乳幼児、高齢者、障害がある人などについて個別の事情を考慮することもある。
医療者が予約患者を待たせてでも診療順序を変えるという判断は基本的にはこれらの医学的必要性や個別事情に基づくべきではないか。そこに「付加的支払い能力」という別の軸をどこまで入れてよいのか。
500円程度なら大した問題ではないのかもしれない。
では5000円ならどうだろう。
検査を早く受けるために5万円、予定手術を早めるために50万円というサービスはどうか。さらに極端に考えれば、「追加料金を払う患者なら救急搬送を必ず受け入れる」というサービスは許容されるだろうか。
もちろん、現在話題になっている外来ファストパスと、救急・手術の優先順位は制度上まったく別の話だ。厚労省もこんなことは許容しないはずだ。
「多く払った人ほど早く医療にアクセスできる」という原則を導入するのであれば、どこかに境界線を引かなければならない。

GOタクシーに話が戻るが、使っている方はご存じの通り、雨の日など、タクシーがつかまりにくい日は配車料金が跳ね上がる。もうちょっと出せば早く見つかるかもよ、とメッセージが届くのだ。行く先で顧客を選んだりしてるんじゃないだろうか。東京のタクシーは配車アプリの出現で、以前よりも不便になったし、便利に使おうと思うと、以前よりもお金がかかるようになった。
外来受診するときに、GOタクシーのような経験をさせられるのは、多くの患者にとって正直不愉快なのではないか。

もう一つ考えてみたい。
「より多く支払う人を優先してよい」という考えを突き詰めれば、健康保険料や税金を多く負担している高所得者ほど公的医療へのアクセスでも優遇されるべきだというような議論につながる可能性はないか。
それは公的医療保険の理念とは相容れないはずだ。
経済格差がそのまま医療アクセス格差となり、それが健康格差につながる可能性もある。
もちろん、現実には差額ベッド、選定療養、人間ドックなど、公的医療と私的負担の境界領域はすでに存在している。すべての追加負担を否定すべきだとも思わない。
これはあくまで程度問題だということも認識はしている。
数人が500円を払い、忙しい日に時間を買う程度なら社会的にも十分許容可能かもしれない。しかし、その原理が公的保険診療の中心部分へ少しずつ拡大していかないか。
そのことに対する慎重さは必要だと思う。

ちなみに「ファストパス」が検査や手術の領域でも普及するオーストラリアでは、心臓手術やがん治療のアクセスに大きな差が出ている。まあ、この差を買うためにお金を払うのがファストパスなのだから当然といえば当然だが。
2023–24年の全国データでは、オーストラリアの公立病院で手術を受けたファストパス患者の待機中央値は26日、そうでない場合は48日だった。例えばニューサウスウェールズ州では2024–25年、非緊急手術でファストパスの待ち時間が中央値で173日短かったと監査院が報告している。
オーストラリアでも、ルール上は、支払方法ではなく臨床的優先度で順番を管理することになっているが、よほどの緊急でない限りは数カ月単位で待ち時間が延びている。

■それ以前に、なぜこんなに外来が混んでいるのか
僕のもう一つの(そして実はこちらの方が大きな)違和感は別にある。
そもそも、ファストパスを買いたくなるほど外来が混雑していること自体が問題なのではないか。
OECDの最新比較では、日本人は年間平均12.1回医師を受診している。OECD平均は6.7回。ほぼ倍だ。2024年のOECD日本経済審査でも日本11.1回、OECD平均5.6回と、この構造的課題が指摘されている。
患者が多ければ、一人あたりの診療時間は短くなるし、予測不能な事態は経常的に生じうることを考えると、待ち時間が生じることは避けられない。それに対して患者からはクレームが入る。
そこで「混んでいるので、急いでいる人は追加料金を払ってください、すぐ診ます」という仕組みを作る。医療機関の収入は増える。急いでいる患者は助かる。
一見、ウィンウィンに見える。
しかし、ファストパス患者を先に診る以上、その時間帯には後ろに回る患者も存在する。
そしてそもそも「患者が多すぎる」という問題は解決していない。
僕は、ファストパスを増やす前に、日本の外来、すなわちプライマリアクセスそのものを改革すべきではないかと思う。

■なぜ日本の受診回数はこれほど多いのか。
ここには大きく三つの理由があると思う。

1.安定した慢性疾患の頻回受診
日本では、高血圧や糖尿病などの慢性疾患患者が、状態が安定していても毎月、あるいはそれに近い頻度で医療機関を受診することが一般的だ。
しかし、本当に毎月の対面診療が必要なのだろうか。
高血圧については、かなり直接的なエビデンスがある。
カナダの50の家庭医診療所で、少なくとも3か月間血圧が安定していた治療中の高血圧患者609人を、3か月ごとに診察する群と6か月ごとに診察する群に無作為化し、3年間追跡した研究では、平均血圧、血圧コントロール率、服薬アドヒアランス、患者満足度のいずれにも差がなかった。研究者らは、安定した高血圧患者について「6か月ごとのフォローは3か月ごとのフォローと同等」と結論している。
韓国の高血圧患者9,894人を約5年間追跡したコホート研究でも、受診間隔が3~6か月の患者で心血管イベントや全死亡が増えることはなかった。
WHOの高血圧治療ガイドラインも、降圧薬開始・変更直後には月1回程度のフォローを推奨する一方、血圧が目標に達して安定した後は3~6か月ごとのフォローでよいとしている。
糖尿病についても同様のエビデンスがある。
安定した2型糖尿病患者2,215人を対象としたpragmatic trialでは、HbA1cを3か月ごとに評価する群と6か月ごとの群を比較したところ、良好な血糖コントロールを維持できた割合は、それぞれ92%と94%で、臨床的に意味のある差は認められなかった。

一方、コントロール不良の糖尿病患者では、診療間隔が短いほどHbA1cや血圧が早く目標値に到達するという報告もある。
ADAのガイドラインは、治療目標を達成して安定している糖尿病患者ではHbA1c評価は年2回程度でよく、治療変更時や目標未達時に3か月ごとの評価を行うとしている。
重要なのは状態に応じた受診頻度の設定。不安定期は毎月、安定したら3~6か月に一度でもよいかもしれない。コントロールが良好でも不良でも同じ診療間隔、というのはあまり合理的ではないのではないか。
現在の日本では、このメリハリよりも「慢性疾患だから定期的に医療機関へ来る」という仕組みが先に立っているように感じる。
不安定な時には濃密に診る、安定したら間隔を空ける、というリスクベースの診療を基本とすれば、診療回数=患者の外来受診回数を半分以下に減らすことができる。
空いた時間は、コントロール不良患者、新規症状、多疾患併存、高齢者、予防、生活習慣への介入など、本当に時間を必要とする患者に振り向けられる。
単純に受診患者を減らすのではなく、必要性の低い診察を減らして、必要性の高い診察に時間を再配分する。
子どもの送り迎えに追われている母親に必要なのは、500円のファストパスではなく、そもそも毎回待合室に行かなくてもよい仕組みなのではないか。

2.軽症でも「まず医療機関」というアクセス
日本では医療機関へのアクセスが極めて容易だ。
風邪、軽いアレルギー症状、軽症の皮膚疾患、反復する頭痛など、本来セルフケアや薬局で対応できる症状でも、気軽に受診できる。
日本には明確なゲートキーパー制度がなく、患者は原則として自分の判断で医療機関を選択できる。OECDも日本のフリーアクセスの利点を認める一方、プライマリケア、急性期医療、専門医療の機能分化が弱いことを以前から課題として指摘している。
2024年に日本の成人1,086人を対象に行われた調査では、風邪・咳の発症時にまずOTC薬を使う人は43.6%だった。日本でもセルフメディケーションは定着しつつあるが、研究者は、医療機関へのアクセスの容易さや公的保険による低い自己負担が、軽症でも医療機関を選択しやすくする背景になっていると指摘している。
ここは医師以外の専門職、特に薬剤師をもっと活用できるはずだ。
英国では2024年からNHSの「Pharmacy First」が本格的に開始された。
副鼻腔炎、咽頭痛、急性中耳炎、膿痂疹、帯状疱疹、感染性虫刺され、女性の単純性尿路感染症という7疾患について、地域薬局の薬剤師が患者を評価し、セルフケア指導だけでなく、プロトコルに基づいて必要な処方薬まで供給できる。危険徴候があれば医師や救急へつなぐ。
2024年7月から2025年2月までの半年間だけで、この臨床パスによる薬局相談は170万件を超えた。
日本でも薬剤師は6年間の教育を受け、臨床実習もしている。
同じことはできないだろうか。

3.医療機関側に薄利多売を要求する診療報酬制度
医療機関経営はつねにジレンマと直面している。
患者の悪化を予防したい、容態を安定させたい。できるだけ少ない医療介入で自立させたい。しかし、患者が受診してくれなければ、診療収入は入らない。
僕も医療機関経営者として、理想と現実のはざまで苦しめられている。
OECDは、日本のプライマリケア・外来専門診療の「出来高払い」について、医療提供量を増やすインセンティブになっていると明確に指摘、パフォーマンスに連動した支払いを増やし、受診回数を減らしながら効率性を高めることを提言している。
単価が低ければ、医療機関は診察料を増やさなければ経営できない。
患者が外来に来た分だけ診療収入が入る。
薬局も処方箋を受けて調剤した分だけ収入が入る。
その結果、医師も薬剤師も「患者が頻回に医療機関へ来ること」「処方せんを受け取ること」を前提としたシステムに組み込まれてしまっている。
日本では一人の患者に10分、1時間に6人というペースだと、病院も薬局も経営が成立しない。この状況で「外来患者を減らそう」と考える医療機関は皆無だろう。
だから、ファストパスなんて姑息なアイデアが出てくる。

■「かかりやすくする」前に「かからなくてもよくする」
プライマリアクセスを大きく三つに整理してみてはどうか。
①軽症・反復症状は、まず薬局・薬剤師へ。
②診断や身体診察を必要とする急性症状は、医療機関の対面外来へ。
③安定した慢性疾患は、低頻度の対面診療を基本として、リフィル処方時の薬剤師の介入、セルフモニタリング、必要に応じてオンライン診療を組み合わせる。

日本には、そのための人的資源がある。
OECDによれば、日本の薬剤師は人口10万人当たり203人で、OECD平均86人の2倍以上、加盟国で最も多い。しかも約6割が薬局で勤務している。
この巨大な専門職集団を、薬局の窓口で処方箋を待ち、薬を調剤する(というか箱やシートから取り出して紙袋に入れる)仕事だけに固定しておく必要があるのか。
軽症患者・反復症状を評価する。OTCを提案する。レッドフラッグを見つけたら受診勧奨する。慢性疾患の処方箋医薬品についても一定の範囲内で、標準化されたプロトコルのもとで薬剤師が調製する。
英国のPharmacy Firstのような仕組みを、日本版として構築できないのだろうか。
薬剤師の評価も処方箋調剤だけではなく「患者をアセスメントし、OTC医薬品の活用を含む適切なセルフケアにつなげた」「リフィル処方に対し慢性疾患のモニタリングを行い、処方の妥当性を確認した」「医療が必要な患者を適切に医師へ紹介した」など、一定の責任を伴う臨床行為に対して行われるべきではないか。

同時に医師側の報酬の仕組みも変える必要がある。
例えば安定した慢性疾患について、患者がその月に来院したかどうかではなく、その患者集団について主治医として一定期間責任を持つことに対して管理料を支払う。
血圧などの疾病管理マーカーが適切に管理されているか。必要な検査が適切な間隔で行われているか。救急受診や予防可能な入院を減らせているか。患者がセルフマネジメントできているか。これらのプロセスとアウトカムに対して評価する。
診療の量ではなく、内容で評価するようにすれば、医師は「次は4週間後」と機械的に診療予定を入れるのではなく、患者を安定化させ、セルフマネジメントできるよう多職種と連携していくようになるのではないか。
たとえば在宅医療は「在宅時医学総合管理料」の中に多くが包含される。人頭払いに近い。療養支援体制の充実のみならず、24時間対応など、診療の質と効率、そして持続可能性を確保するために、自ずと訪問看護師や訪問薬剤師との合理的な連携強化が進んでいる。
診療報酬の仕組みを変えることは、医療機関経営者および保険医療に関わる医療者にとって最大の行動変容のインセンティブになる。国民の健康アウトカムを最大化しつつ、プライマリケア従事者の疲弊を減らす仕組みを考えると、これ以外の選択肢はないように思う。

■外来患者が半分になったら何が起こるか
日本の年間医師受診回数12.1回をOECD平均6.7回程度まで適正化できれば、単純計算では外来需要は約45%減る。
もちろん、すべての診察が同じ時間・負荷ではないため、受診回数を半減すれば診察時間が機械的に2倍になるわけではない。
しかし医療提供能力が同じなら、医師一人当たりが一日に診なければならない患者数を大幅に減らすことはできる。一人の患者により時間を使える。待ち時間も管理しやすくなる。
高齢者の多疾患併存、ACP、生活習慣、予防、服薬整理など、現在の数分診療では十分に扱えない問題に時間を使えるようになる。
ファストパスの必要性そのものが消失するかもしれない。

■病気になった人を待つ医療から、病気を減らす医療へ
これから医師の仕事も変わらなければならない。
「症状が出た患者が診察室に来て、診断して、薬を出す」というモデルだけでは、高齢化と医療人材減少には対応できない。
予防する。悪化を予測する。患者自身が管理できるよう支援する。医師でなくてもできることは他職種に任せる。そして、本当に医学的判断、絶対的医行為が必要な患者に医師の時間を集中する。
公的保険のインセンティブも、「病気になった人をたくさん診療すると収入が増える」仕組みから、「病気や重症化を減らし、患者を健康に維持すると評価される」仕組みに少しずつ変えていくべきではないか。
ファストパスそのものが悪いとは思わない。
忙しい人が500円を払って時間を買う。そんな選択肢があってもよいかもしれない。
しかし、その見た目の便利さだけに惑わされてはいけないと思う。
公的医療に支払能力による優先順位をどこまで持ち込むのかという問題がある。
そして、それ以上に「なぜ金を払って順番を飛ばしたくなるほど外来が混んでいるのかを考える必要があるのではないか。
目指すべきは「500円払えば早く診てもらえる医療」ではないはずだ。
「かかりやすくする」前に、「かからなくてもよくする」。
そのために軽症疾患はまずは薬局へ。必要な急性期診療は医師へ。安定した慢性疾患は低頻度対面+オンラインへ。そして報酬を受診回数から管理の質とアウトカムへ。
その結果として、本当に医師の診察を必要とする人が、追加料金を払わなくても必要な医療に速やかにアクセスできる。
ファストパスの議論から本当に考えるべきなのは、こちらではないだろうか。

今日も続々通過する「迎車」のタクシーを見送りながら、そんなことを思う。

佐々木淳

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