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犬と暮らす一人暮らしは「独居」なのか―科学が映し出す、人と犬のつながり

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犬を飼っている一人暮らしは「独居」なのか。
ちょっと不思議な研究がある。
2019年、スウェーデンの研究グループが「Scientific Reports」に「犬と飼い主の長期的なストレスレベルは同期する」という研究結果を発表した。
対象となったのはボーダーコリーとシェットランド・シープドッグ、そしてその飼い主58組。研究者たちは、犬と飼い主の毛に含まれるコルチゾールを夏と冬の2回測定した。コルチゾールはストレスを反映するホルモンの一種。血液や唾液のコルチゾールがその瞬間のストレスを反映するのに対し、毛髪コルチゾールには数週間から数か月という長期間のストレス状態が反映される。
結果は興味深いものだった。
飼い主のコルチゾールが高いと、犬のコルチゾールも高い。犬の運動量やトレーニング回数では説明できず、むしろ犬自身の性格より、飼い主の性格特性のほうが犬のコルチゾールと関連していた。
研究者たちは「犬は飼い主のストレスをmirrorしているのではないか」と考察している。つまり、長く一緒に暮らすうちに、犬と人間は生活だけでなく、ある部分では「身体の状態」まで同期しているのかもしれないということ。

僕も犬と暮らしたことがあるので、少しわかるような気もする。
落ち込んでいると、何も言わずそばに来る。こちらが緊張していると、犬も落ち着かなくなる。逆に、犬が安心して眠っている姿を見ていると、こちらの気持ちも穏やかになる。
心理学には「emotional contagion(情動伝染)」という言葉がある。
これは他者の感情が、自分にも無意識のうちに伝わってくる現象。そして最近では、心拍や呼吸、自律神経、内分泌などの生理現象まで人と人の間で連動する「physiological synchrony(生理学的同期)」の存在も知られるようになってきている。
犬と人間という異種間においても、それに似たことが起きているということになる。

さらに面白い研究がある。
2015年の「Science」には、犬と飼い主が見つめ合うことで、愛着形成に関係するオキシトシンというホルモンが飼い主で増え、それが犬への働きかけを促し、犬側でもオキシトシンが増えるという「oxytocin-gaze positive loop」が示されることが報告されている。
親子間や恋人間など、親密な対人関係で働く仕組みの一部が、やはり犬と人間という異種間にも存在している可能性があるということになる。
そうなると、犬は単なる愛玩動物というよりは、人間にとって一種の「社会的パートナー」と位置付けたほうがよいのかもしれない。

この視点で犬―人間関係を調べてみたら、面白い疫学研究を見つけた。
2017年、スウェーデンで約343万人を最大12年間追跡した研究。
犬を飼っている人は死亡率が低く、その関連が特に大きかったのが「一人暮らし」の人だった。
一人暮らしでは、犬を飼っている人の全死亡リスクは犬を飼っていない人と比べて33%低く、心血管死亡も36%低かった。一方、複数人世帯では全死亡は11%低下しただけだった。これは観察研究なので「健康だから犬を飼える」という逆因果かもしれないし、生活習慣の違いが関係しているかもしれない。それでも「犬との生活による死亡率低下が一人暮らしで特に大きかった」というのは興味深い。
というのも、人間については以前から、社会的孤立や孤独と死亡との関係が知られているからだ。
2015年に70研究・約340万人を解析したメタ解析では、死亡リスクは「社会的孤立」で29%増、「孤独を感じている人」で 26%増、「一人暮らし」では32%増だった。
一人暮らしと孤独と社会的孤立は重なることもあるが、同じではない。
一人で暮らしでも、友人が多く、社会との接点が豊かな人がいる。逆に家族と暮らしていても、孤独を感じる人もいる。
人間の健康に影響しているのは、単純な「同居人数」ではなく、「自分とつながっている存在がいるか」ということではないか、そんな仮説を肯定しうる類似の研究は複数ある。

では「犬を飼っている一人暮らしの人」は、本当に「独居」とすべきなのか。
朝起きると、待っている相手がいる。名前を呼べばこちらを見る。触りたいときに触れることができる。話しかければ反応してくれる。散歩のために一緒に外へ出る。毎日、食事を準備する。帰宅すれば喜んで迎えてくれる。そして何より「自分を必要としている存在」がいる。
犬は散歩を通じて身体活動を増やす。外に出れば人との会話も生まれるかもしれない。生活には一定のリズムができる。
しかし犬がもたしてくれるのはそれだけではない。
目を合わせ、触れ合い、互いの感情を読み取り、ときにはストレス反応まで同期する。そこには、単なる「飼い主ー飼い犬」を超えた関係性がある。
もちろん犬と人間は同じではないし、犬が人間関係の代替になると単純に考えてよいというわけではない。犬を飼うことにコストや責任も生じるし、高齢になれば自分が病気になったとき誰が犬を世話するのかという問題もある。

しかし、独居、孤独、社会的孤立が拡大し続ける私たちの社会。誰かと無理やり一緒にさせられることの不利益はもうすでに誰もが感じているところではないのか。在宅医療の現場では「一人ぐらしでおいておくのが心配」という家族の不安によって老人ホームに収容される高齢者がいる。子供の家に呼び寄せられ、同居生活が始まったものの、新しい生活になじめずに家庭内で孤立している高齢者もいる。彼らの人生のアウトカムは決してよいものばかりではない。
健康に暮らし続けるために重要なのは「一つ屋根の下に誰かいる」ことではなく、「相互に心地よい人間関係がそこにある」こと。誰かの変化に気づき、自分の変化にも気づいてもらうこと。そして、自分を必要としてくれる存在がいること。
犬と暮らしている人にとっては、実はあまり新しい話ではないかもしれない。
彼らはいつもその人を意識し、その人を見て、その人の感情に同調し、その人と一緒に年を取っていく。
科学者が測定し始めたコルチゾールやオキシトシンのデータは、犬と暮らしてきた人たちがずっと知っていたことを、少し可視化しただけなのかもしれない。
https://www.nature.com/articles/s41598-019-43851-x
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/25883356
https://www.nature.com/articles/s41598-017-16118-6
https://www.psychologicalscience.org/…/1745691614568352

佐々木淳

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