「がん」を診るのではなく、「人」を見る
がんというと、どうしても細胞や遺伝子、病理診断、画像診断、手術、薬物療法など「バイオ」の側面が中心になる。
もちろん、それらはがん医療の根幹。
しかし、実際に患者が経験している「がん」は、それとは異なる。
診断を受けたときの衝撃や不安、治療を続ける中での葛藤、家族との関係、仕事や生活への影響、医療者とのコミュニケーション、緩和ケアや死をどう考えるか。さらに、がんに関する情報が社会の中でどのように伝えられ、受け取られているのか。
がんという現象には、心理的・社会的な要素が複雑に重なっている。
本書では、臨床医、研究者、病理医、精神腫瘍科医、緩和ケア医、患者、ジャーナリストなど、異なる立場の人たちとの対話(それぞれが1冊の方としても成立しそうな濃密な内容)を通じて、がんを多面的に捉え直していく。
がんをバイオ・サイコ・ソーシャルモデルで捉える試み。しかしそれは単に「身体・心理・社会の三つの側面が大切である」ということではない。それぞれの専門家や当事者が、がんという同じ対象を見ながら、実はまったく異なる世界を見ている。その視点の違いが、対話を通じて浮かび上がってくる。
「まるごと人間としての患者と、医者と、私」
この副題も印象的だ。
通常、「まるごと人間として見る」という言葉は患者に向けられる。しかし本書では、患者だけでなく、医者も、聞き手である市原先生自身も、専門職や役割に還元できない一人の人間として並べられる。
患者を「症例」にしない。
医師も「医学的正解を出す装置」にしない。
その前提と対称性が、従来のがん医療書とは明らかに異なる。
著者の市原先生が病理医であることは、意外であると同時に、この本が成立した理由でもあるのかもしれない。
病理医は、細胞・組織という最もミクロな「がん」を深く見る一方で、患者の声や生活からは構造的に遠くなりやすい。その病理医が対話を通じて、細胞から人生、研究から社会へと視野を拡張している。ここに本書独特の緊張感がある。
一方で、この本は、バイオ・サイコ・ソーシャルの各領域を一つの結論にきれいに統合しようとはしていない。むしろ、それぞれの専門知や経験は、簡単には一つにまとめられないということも含めて提示される。その未整理な複数性・複雑性こそが、がんという現象を立体的に見せる。
がんを理解するとは、医学的知識を増やすことだけではない。
患者が何を経験しているのか、医療者が何を見て、何を見落としているのか、社会ががんをどのように意味づけているのか。その全体を考えることなのだ。
どれほど多くの側面を理解できているかで、「がん」の見え方は変わる。がん医療の知識を極めた医療職に謙虚さを求める一冊でもあるように思う。
がんやがん患者に関わる仕事をしている人は、とりあえずご一読されることをお勧めする。
佐々木淳
