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スマホで人力車を呼ぶ国―日本の医療DXの現在地

「Uberで人力車を呼ぶ」
日本の医療Dxを一言でいえば、こういうことだと思う。
最新テクノロジーを一部活用している。だけど全体は原始的。根本的に太古の昔から「Transformation」できてない。しかも人力車のお兄ちゃんはスマホも持ってない。Uber本社がFAXで仕事を依頼する。
仕事を増やすだけの「自称Dx」にイライラしている人も多いと思う。

そんな中、骨太方針2026がリリース。
https://www5.cao.go.jp/…/honebuto/2026/decision0721.html
骨太(ほねぶと)ってなんやねん、という方も多いと思うが、これは政策の細部を詰める前に、国の予算・制度の「骨格」を先に決めよう、ということ。いわば経済・財政・社会保障改革の基本設計図。
もちろん医療・介護は最重要領域。

今年はようやくDxが全面に出てきた。
基本的には予算抑制の方向だが、「単なる給付削減」ではなく人員・職種・場所・データ利用に関する規制を部分的に緩和し、DX・AIを前提とした「未来の医療介護提供体制」への移行を明確にしている。
個人的に重要だと思ったのは、医療・介護・障害福祉について「DX/AX、多職種連携を含むチーム医療等による生産性の向上と職員配置の柔軟化」を進めるとした部分。
職員配置の柔軟化?!
とはいえ骨太には具体的な配置基準や業務範囲までは書かれていない。具体策は同日閣議決定された「規制改革実施計画」に委ねられている。で、ここは僕も専門委員として関わらせてもらったところ。
https://www8.cao.go.jp/kise…/kisei/publication/p_plan.html

特に重要な規制緩和について。
【1】介護の人員配置基準を地域・アウトカムに応じて柔軟化
中山間・人口減少地域について、従来の全国一律の配置基準をそのまま適用するのではなく、新たな「特例介護サービス」の類型を設け、
●管理者・専門職の常勤、専従要件の緩和
●夜勤要件の緩和
●施設サービスや特定施設も対象化
●訪問介護等について出来高払いと月額包括払いを選択可能
●市町村が関与する地域支援事業として複数サービスを組み合わせる仕組み
を検討する。そして職員数ではなく、プロセスや利用者アウトカムで評価する。
人口(利用者数)に応じて柔軟な(人員配置基準を満たさない)ケア提供体制を認め、きちんとケアが提供されているのであればそれでよい、というもの。人員配置基準から品質・結果を評価する規制への転換。地味だけど実はかなり重要。
ただし現段階では中山間・人口減少地域を中心とした特例に留まる。将来的には全国的に評価の基軸を「人の数によらない品質管理」へ転換すべきだと思う。

【2】特定施設の3対1配置基準をさらに柔軟化
介護付き有料老人ホームなどでは、見守り機器、ICT、介護記録システム等を導入した場合、利用者3人に対して看護・介護職員「1人」ではなく、常勤換算「0.9人以上」とする特例が既に設けられている。
今回の規制改革実施計画では、この特例の活用を阻害する複雑な申請、実証要件、自治体ごとのローカルルールを見直し「アウトカムを重視した制度」へ修正する。
ここも本来であれば0.9などの数字ではなく、やはりアウトカムベースで評価すべきではないか。特に人口(専門職)の少ない地域では複数施設での専門職の兼務や、夜間配置、遠隔支援など、実際の利用者ニーズに応じた根本的な見直しをすべき。

【3】医療職から介護職へのタスクシフト/シェア
ここは個人的にはかなり思い入れの強い領域だが、残念ながら骨太本文には「タスクシフト」という言葉を見つけることはできなかった。
ただ、規制改革実施計画では独立項目として明確にされている。
既に、一定条件下で、
●一包化薬をお薬カレンダーにセットする
●服薬直前にPTPシートから薬剤を取り出す
●専門的管理を要しない皮膚への湿布貼付
●蓄尿バッグの交換・再接続
だれがどう考えても当たり前だが、これらを「医行為ではない」と整理している。

今後は、
●食道ろうからの経管栄養を介護職員に認める
●喀痰吸引・経管栄養研修の簡素化
●実施報告手続の見直し
●ICTを通じた遠隔指示・確認による業務範囲拡大
などが検討される。
しかし、酸素濃縮器の操作(酸素流量の変更やスイッチのオンオフなど)、経管チューブからの薬物注入(経管栄養剤の投与よりもずっと逆流などのリスクが少ない)、軽度の褥瘡処置などは、現時点では医師・看護師に限定されている。
抜本的な職種領域改革というよりは、無数にある個別行為を一つずつ解除するという「抵抗」に合い続けている。このペースだとあと100年くらいかかりそう。
素人の家族にやらせるのに、介護専門職には(医師でなければ危険という理由で)やらせない。これが矛盾していないということを厚労省は納得できる形で説明してほしい。

【4】オンライン診療とD to P with Nの実質的拡張
オンライン診療受診施設や専用車両等において、医師が遠隔で診療し、現地の看護師が補助する「D to P with N」を拡大する。
今後明確化する行為として、
医師の指示に基づく看護師による
●点滴・注射
●血液検査・尿検査
●超音波検査
●心電図検査
●医薬品・医療機器の看護師による一時保管・運搬
が列挙された。
設備・体制要件は安全確保に必要な最小限とし、診療報酬上の取扱いも明確化する。
これは人口減少地域だけでなく、介護施設、離島、移動困難者、災害時の医療アクセスを大幅に改善できる。
実装されれば、単なる「ビデオ通話診療」ではなく、遠隔医師+現地看護師による「分散型診療所モデル」に近づく。離島・過疎地医療も姿を変えていくかもしれない。

【5】医療データ規制は「同意中心」から「利用時ガバナンス」へ
骨太本文には、電子カルテ、電子処方箋、医薬品DB、公費医療、予防接種、母子保健等の情報連携と二次利用基盤の構築が明記されている。
具体的には規制改革実施計画で、
●電子カルテ情報の対象をバイタル、検査、画像、病理、診療方針等へ拡大(これまではアレルギー情報など基本的な3文書・6情報に限定されていた)
●保存期間を現行の原則最長5年から延長
●薬局、訪問看護、介護事業所にも閲覧範囲を拡張
●標準化データを悉皆的に収集する法制度の検討
●仮名化データについて、本人同意に必ずしも依存しない二次利用
●複数DBの申請・審査の一元化
を進めていく。
医療等データの利活用においては、EU等における体制に準じて、従来の「本人同意を取れなければ使えない」という「入口規制」から、不適切な利用を監視・監督する「出口規制」へと転換される。
医療介護政策全体で見れば、僕はこれが最も構造的な改革だと思う。
アウトカム、費用、入院、救急搬送、ADL、介護負担などを総合的・自動的に測定することができるようになれば、過剰な配置基準の見直しや、合理的な報酬の設定なども行うことができるようになる。また、例えば「ホスピス型住宅における訪問看護は質が高いのか」なども医療介護のそれぞれのコストやアウトカムなど、さまざまな数字を根拠に総合的に評価できるようになる。

また医療等データの一次利用が進めば、複数医療機関で重複する検査や薬剤を避けたり、幼少期のアレルギー等の記録が受診するすべての医療機関で閲覧できたり、より安全でムダ・ムラのない医療を受けられるようになる。医療機関間の情報共有を「お手紙」でやりとりする必要もなくなる。検査データの紙コピーも画像のCD-ROMもいらなくなる。
加えて二次利用が進めば、たとえば90歳の高齢者にアリセプトを飲ませて安全なのか、飲ませてよいのはどんな人たちなのか、どのような人には効果が期待できるのか、などが可視化される。一人ひとりの医療情報がビッグデータになれば、より効果的で安全な医療(あるいは医療の中止)の選択につながる。
電子カルテ化や情報共有このための手段に過ぎない。
ビッグデータ。これこそが医療Dxの一番重要なところだと思う。

【6】AIによる医師業務の代替・補完
胃・肺・乳がん検診などは「医師2名による二重読影」縛りがあった。これをAI活用を前提に医師1名でも可能とする方向で見直す。すでに放射線・内視鏡専門医レベルの読影力を持つAIが一般化しつつある。読影に習熟していない一般医による一次読影よりは、AIのほうが感度は高いに決まっている。
自律型AIを想定した医療機器承認制度についても議論を進める。
これは単なる効率化ではない。
医師が必ず二人関与するという「プロセス規制」を「診断精度」というアウトカム規制に置き換える試みだ。AIの活用という意味では本当に小さな一歩だが、医療におけるAIの位置づけとしては大きな一歩でもある。

【7】医薬品・健康分野
規制緩和・市場開放に近いものとしては、
●検査薬を含むスイッチOTC化の促進
●長期処方、リフィル処方箋の活用
●地域フォーミュラリの全国展開
●先進医療の対象拡大
●PHR・ライフログを活用するヘルスケア産業の育成
●特区における一包化以外の調剤外部委託、委託先から患者宅への直送
が盛り込まれている。
特に調剤の外部委託については、厚労省の検討会でも戦ったテーマであり「一包化以外の」というこの部分の重さを改めて感じる。ただ、残念ながら「特区における」という枕詞がつけられた。
日本の薬局において本当に重要なテーマは、医薬分業ではない。調剤(調製)と服薬指導・フォローアップの分離だ。薬を数えて袋にいれる。これは機械に任せればいいではないか。少なくとも人間の薬剤師よりは計数ミスは少ないことが明らかにされているのに。そして機械に任せるのであれば、対人援助を行う薬局とは別に「調剤センター」に集約化したほうが合理的ではないか。
骨太に記載されたOTC類似薬の保険給付縮小、高齢者窓口負担、介護2割負担基準の見直しなども極めて重要なテーマだが、ここは規制緩和ではなく公的保険の給付範囲の議論。
ぜひ慎重に検討いただきたい。

●まとめると
今回の方針は、医療介護領域に従来より一歩踏み込んだ。
ストラクチャーからアウトカムへと評価の基軸は明らかに動いている。また新しいテクノロジーの活用も許容範囲が拡大された。
しかしまだまだ道半ば、というか中途半端。
医療Dxの全体像はぼんやりとは見えてきたが、肝心の医療介護提供体制は規制でがちがちに固められている。
せっかくスマホとアプリと6Gを整備しても、ライドシェアで人力車しか呼べないのでは何のためのDxなんだかわからない。
医療・介護の生産性(労働・資本投入量あたりのケアの質)を本気で上げたいと思っているなら、その最大の阻害要因になっている固定的な配置基準と職種ごとの独占領域の見直しに着手すべきだ。
ここから先は厚労省との議論では前に進まない。
必要なのは既得権益に惑わされない政治の力だと思う。
ユニバーサルヘルスカバレジという素晴らしい資産を守りつつ、日本の医療介護をさらにしなやかで強靭なものに再構築してほしい。

佐々木淳

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