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僕らは僕らなりのOptionsを届けたい

年下だけど。
人見知りだけど。
照れ屋だけど。
大変なこともいっぱいあるだろうけど。
淳さんの前で恐縮する張さん、かわいいけど。
張本さんの背中をいつまでも追いかけます。

僕は僕なりの
「それなりにいいね」と言える選択肢(Options)を届け続けます。
みんなで。

山下和典

張本 浩平さん Facebook)

七方塞がりの人間が、経営を手放すということ(´・ω・`)
実は、先日より経営に関する実務の大部分を、ぼくを除いた役員に委譲した。
かっこよく言えば、経営と所有の分離を進めているということになる。
ぼくの言葉で言えば、おお、あとはいっちょヨロシク!!という感じである。
経営者としての威厳が、お歳暮の包装紙くらい薄い(´・ω・`)
あまり好きな分け方ではないが、起業には10億、30億、100億の壁があると言われることがある。
それが正しいかどうかはわからない。
ただ、ぼくの肌感覚では、人間1人の才覚で届くのは10億円くらいまでなのだと思う。
気合いと根性と偶然と、少しの狂気で走れる距離。
問題は、その先である。
30億円という次のステージに行くためには、代表1人が頑張るのでは足りない。
役員1人ひとりが、経営者として腹落ちする必要がある。
自分の担当範囲を守るだけではなく、会社全体の未来に対して、自分の言葉で責任を持つこと。
それがなければ、組織は大きくならない。
ただし、30億円という数字は目的ではない。
ただの指標であり、方法であり、通過点である。
すべては、待っている人に届けることからの逆算なのだ。
サービスを待っている人。
学びを待っている人。
働く場所を探している人。
支援を必要としている人。
その人たちに届く会社であり続けるために、会社は大きくなる必要がある。
ぼくが偉くなるためではない。
ぼくが椅子にふんぞり返るためでもない。
そもそも、ぼくはふんぞり返るほど姿勢がよくない(´・ω・`)
河合隼雄先生は、八方塞がりではなく、七方塞がりという言葉を使った。
ぼくは、この言葉がとても好きである。
たぶん、ぼくの人生もこれに近い。
社会人としての常識も、礼儀も、マナーも、人に配慮することも、配慮されていることに気づくことも、愛想よくふるまうことも、人の話を聞くことも、何もかもが苦手だった。
人間関係という科目があれば、たぶん追試どころか職員室呼び出しである。
けれども、七方塞がりだったからこそ、残った1つの方角に進むしかなかった。
ぼくには仕事しかなかった。
それは、たぶん不幸なことでもあったのだと思う。
もっと器用に生きられる人は、もっとなめらかに社会と接続できる。
人に愛され、人を愛し、ほどよく働き、ほどよく休み、ほどよく笑う。
そういう人生のほうが、美しいのかもしれない。
でも、ぼくはそうではなかった。
仕事しかなかった。
だから仕事をした。
できないことが多すぎたから、できることにすがった。
その結果として、いま会社があり、信頼できるスタッフがいて、役員に経営を委ねるところまで来た。
これは、ぼくの勝利というより、ぼくの限界がつくった景色なのだと思う。
人間は、なんでもできる必要はない。
塞がっていない1つの道を見つけて、そこを歩き続けるだけでいい。
気がつけば、その細い道が、誰かの通る道になっていることがある。
それくらいで十分なのだ。
不幸だったかどうかは、最後までわからない。
けれども、総体として人生を祝福できるくらいには、ぼくも少しだけ達観できたのだと思う。
七方塞がりの人間が、残された1つの道を歩き続けた。
そして今、その道を信頼できるスタッフに渡そうとしている。
たぶん、経営とはそういうものなのだと思う(´・ω・`)

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