詐欺は、恐怖より先に“違和感”を消してくる
「JCBカードです。不審な取引があったためカードを停止しました。」
最初の電話がかかってきたのは新千歳から札幌に向かう快速エアポートの車内。
+1から始まる見知らぬ電話番号。
北米には知り合いは少ないのだけど。どなただろうと電話を取ると、クレジットカードの使用停止を知らせる自動音声。
JCBカードなんて持ってないぞ?
メッセージは「詳細を確認したい方はお待ちください」と流れて、そのまま男性が電話口に。
聞けば、「佐々木淳」が5月11日に八王子のみずほ銀行でJCBカードを作成し、昨日新宿のビックカメラで29万円の買い物をしたらしい。それをシステムが不審だと自動判定し一時カードを止めたのだという。
JCBカードなど作った記憶はないし、使った記憶もない。
どうもこちらが把握していない僕名義の銀行口座が紐づけられているらしい。そこから引き落としができなければ、こちらに請求が来るのだという。いや、普通はカード会社の責任ではないのか。
JCBカードを発行した記憶はないと伝えると、これは個人情報の流出による詐欺事件の可能性がある。このままだと金銭的被害が拡大する可能性がある。とりあえず直ちに管轄の八王子警察署に被害届を提出すべきとアドバイスされた。
とはいえ札幌に着いたばかり、週明けの月曜日なら行こうと思えば行けなくもないが、と答えると、そこまで放置するのは危険、警察への被害届は電話でもできる、カード会社は警察と個人情報詐欺に対してホットラインがあるので、このまま八王子署につなぐこともできますが、と提案してくれた。
電話で済むなら早めにやっちゃうか。
ただ手続きには1時間弱の時間がかかる可能性があるという。
このあとすぐに講演もある。
「講演が終わるのは何時ですか?」
「17時の予定です。」
「ではその前後に改めて電話します。」
講演を終えて病院を出ようとすると、先ほどの男性から再び電話がかかってきた。
17時より5分早い。
「いまから少しお時間大丈夫ですか? まずは警察に被害届を出してください。届け出に必要な情報をお伝えしておきます。」
カードが作成されたのが2026年5月11日、カード番号は3541-2865-4893-8250、認証番号は482654・・
病院から桑園駅まで歩きながら言われた番号をメモ、復唱を求められた。
そして、そのまま八王子警察署に電話は転送され、刑事の佐藤氏につながった。
「被害届を提出したいのですね。了解しました。確かに月曜日ではちょっと遅くて心配ですね。北海道にいらっしゃるのでしたら、やむを得ない事由に該当しますので、いますぐオンラインでの届け出が可能です。このまま進めますか?
オンラインで届け出する場合には、そのプロセスを電子的に記録することが求められています。警察や司法で使うことを指定されているセキュリティ通信アプリがあるので、まずはそれをインストールしてもらえますか?」
指示に従い、「Signal」というチャットアプリをダウンロード。
ちらっと検索すると、怪しいアプリではないらしい。確かにセキュリティが強化されていると説明されている。
ダウンロードが完了したことを伝えると、「八王子警察署組織犯罪対策課」から「テスト」というメッセージが届いた。
「メッセージ届いていますか? もし届いていれば認証してください。」
電話の指示に従い認証すると、電話は切れ、Signalからの着信が。
「ではいまから届け出の手続きを開始します。動画を手続き記録として残します。映像をONにしてください。こちらは警察署内で個人情報等もあるため、映像はOFFで対応させていただきます。」
「はいはい。」
「周囲に人がいない環境で対応をお願いします。また、このやりとりはそちら側で録音等こちらに無断で記録しないでください。このアプリはそれをトレースできるようになっています。このスマホ以外にPCやタブレットを開いていますか?」
「いいえ。」
すでに帰りの快速エアポート車内。
空港への移動中、周囲に人がいない場所なんて、と思いつつ、列車の端のほうで通話していると、「周囲に人がいないことをビデオで確認させてください」と。
やむなく人気のない車両と車両の間に移動する。
そこでようやく、覚えのないクレジットカードが作られ、それが使用されたこと。
それに対して被害届を提出したい、ということを伝えた。
「まずはあなたの個人の認証をさせてください。」
マイナンバーカードを提示。
勤務先などに関する聴取。このあたりは交通違反と同じだ。
「では詳細を聞かせていただきます。一部の情報については、すでにカード会社からもこちらに提示いただいています。
ちょっと待ってください・・これは、あれか。あれ、ちょっと待っててください。」
なんだかここで2分ほど待たされる。
「イシカワソウタロウという人物をご存じですか?」
「いや、知らないです。」
と答えつつ、あれ、石川くんの下の名前はソウタロウだったかな?
自信がないな。
「実は、こちらがすでに身柄を確保しているのですが。」
「はい?」
「大規模な犯罪組織でマネーロンダリングを担当していた人物です。マネーロンダリングはわかりますよね。資金洗浄。」
「はい。」
「彼がマネロンに使っていた口座の一つが、実はあなた名義の口座です。彼は、あなたから口座を購入したと言っています。あなたの口座に一昨日6800万円の入金がありました。把握されていますか?」
「いや、してないです。」
「そうですか。彼はあなたに口座提供の見返りとして口座通過資金の10%を支払っていると言っています。あなたは受け取っていますか?」
「いや、まったく知らないですけど。」
「すでにあなたはマネロンに関わる容疑者の一人としてこちらにリストアップされています。容疑者という言葉の意味はわかりますか?」
「はい。」
「捜査はかなり進行しており、検察もあなたを資金洗浄に関与したとして立件する方向で進めています。
あなたが証拠隠滅する可能性があると判断されると、裁判所の裁定命令で口座を一時凍結させていただくことになります。出入金ができなくなるとともに、新しい口座を作ることもできなくなります。逃亡の可能性があると判断される場合には、身柄が拘束されることもあります。これは最長で27か月。」
「それは困りましたね。でも覚えは全くないのですけど。」
「このまま捜査が進むと、あなたはその過程のどこかでおそらく逮捕されることになります。あなたが関与していないという証拠が出てこない限りは。」
「そう言われましても。」
「捜査に協力していただけますか?あなたにとって有利な証拠が出る可能性もあります。」
「それはもちろん。」
「あと一つお伝えしないといけないことがあります。
これは大規模な組織犯罪です。これまで時間をかけて捜査をしてきました。実はいろんなところにイシカワソウタロウの協力者がいることがわかっている。銀行職員や公務員の一部も関わっていることを把握しています。
あなたへの聴取の過程で、いくつか事件に関わる重大な情報が共有されることになりますが、それが外部に漏れると、捜査に支障が生じることになります。」
「確かに。」
「あなたには守秘義務が生じます。守秘義務とは何か、ご存じですよね。」
「はい。一応、私も職業上の守秘義務のある仕事をしてます。」
「そうですね。捜査の秘密を口外した場合、最長で3年の懲役が生じる可能性があります。ご家族やご友人も含め、くれぐれもこの内容を外部に漏らさないようにしてください。」
「承知しました。」
「まずは、あなたの口座の出入金に怪しいものがないかを確認させてください。みずほ銀行に口座をもっていますね?」
「みずほには口座はないです。三井住友、東京三菱、りそなには口座がありますが。」
「それぞれの口座について詳しく、あと最新の出入金を教えてください。個々の金融機関にもこちらから確認させていただきますが。」
「はい・・・」
銀行のウェブアプリを開いて、口座番号とそれぞれの残高を確認、口座の利用目的、最新の出入金を報告、振り込み限度額などを申告・・しているうちに、重大な濡れ衣を着せられるかもという恐怖よりも違和感のほうがややもやもやと上がってきた。
逮捕状を出すかもしれない相手に対して、オンラインのやり取りだけで取り調べをしたりするだろうか。
「すみません。」
「はい。」
「やはり、こういうのをオンラインだけで完結させるのは不安です。いまから八王子警察署に行きます。」
「え?」
「いま、新千歳空港なんです。」
21時には羽田に着く。
「重大な組織犯罪に関与が疑われているのですよね。とりあえず何を持っていけばいいか教えてください。それを持って八王子に行きます。
佐藤さん宛にお伺いすればよろしいですよね?とりあえずまだ聞きたいことがあります。もう少しこのままお答えいただいていいですか?警察署でなんでもお答えしますよ。こんな重大なことを電話で済ませるのは気持ち悪い。しかもここは周囲に人もたくさんいる。守秘義務を守れません。
まもなく搭乗です。とりあえず一度切りますね。」
「ちょっと待ってください。いま切ったら、逃亡および証拠隠滅の疑いとして逮捕せざるを得なくなりますよ。」
「逮捕が必要であれば八王子警察署でお願いします。こちらからお伺いします。証拠隠滅もなにも、隠滅が必要な証拠なんて最初からないですから。
佐藤さん、こちらがお伺いするときにスムースに認識できるように、お顔だけ出していただけますか?」
プチ・・
とりあえず電話が切れた。
八王子署の電話番号を調べてコールバック。
「刑事の佐藤さんをお願いします。」
「佐藤ですか?どんなご用件ですか?」
「大規模組織犯罪に関与した疑いということで、オンラインアプリで調査を受けていたのですが、途中で切れてしまったのです。重大な事案とのことで、途中で切ると逃亡の疑いとして逮捕せざるを得ないと言われたのですが、佐藤さんから切られてしまいました。」
「そうでしたか。詐欺ですよね。」
「ですね。」
そのまま麻布警察署に情報提供。
マネロン系の詐欺被害が増えているそうで、刑事さんからは、情報秘匿ではなく、周囲の人にこういうことがあったよ、と拡げてください、と指導されたので、とりあえず投稿しました。
経過を文章でまとめてみると、最初から怪しさ満載なのですが、最初の電話口の男性がまあ普通に冷静で、タリージェの影響もあったのか、なぜ+1から電話がかかってきたのか、とか、最初にちょっと感じた違和感が途中で別の感情で上書きされていくというプロセスはとても鮮やかでした。
被害者のはずが、いつのまにか組織犯罪の容疑者にされていて、ちょっと困ったことになったな‥と思いつつ、まあ最終的には違和感が勝った感じですが、マイナンバーと結局口座番号は持っていかれちゃいました。
詐欺なんて引っかかる人いるんかね、なんて思っていたのに、実際はこんな感じなんですね。
怒りや焦燥、不安など、うまいこと人の心理に入り込んでくるなあと思いました。
銀行にはそれぞれ電話はしてみたけど、セキュリティキーや生体認証などが組み合わせられているので、口座番号と個人識別番号だけでお金が引き出されることは理論的にはないよ、とのことでした。
まあそれはそうですよね。
振り返ると、まあちょっと楽しくもありましたけど、今後はもうちょっと気を付けないと。
薬と寝不足と脱水・低血糖にも要注意。判断力が低下する。
今日の昼食は空港で食べる予定だったのですが、ガスのトラブルでレストランは全滅。なにも食べられなかったのでした。
そして(こっちが本題)今日は札幌市立病院で北海道内の自治体病院の退院支援などに関わる看護師さん、MSWさんたちを対象に在宅医療と地域ケアの在り方について、2時間もお時間をいただいて講演と質疑をさせていただきました。
お声がけいただいたのは市立函館病院の佐々木淳さん。
僕を指名してくださったのは市立札幌病院の長田千穂さん。そして代表を務める市立釧路総合病院の大日向崇典さん。みなさん、対人援助者特有の優しいオーラのある方々でした。
僕以外の「佐々木淳さん」に2人も出会えるなんて(うち一人は架空でしたが)、なんて日なのでしょう。
とりあえず札幌のいい思い出が汚されなくてよかった。
お呼びいただいた関係者の皆様、ありがとうございます。本当は一泊して懇親会にも参加させていただきたいところでしたが(北海道の味覚は何も口にできないままにトンボ返り・・・)またお会いできるのを楽しみにしております。
佐々木淳





