きれいに整えられた生活と、心の居場所
もし介護保険がなかったらどうなってしまうでしょうか。
私たち医療介護の専門職は、介護保険がなければとても超高齢社会を支えきれないと思っています。しかし実は世界の中では先進国も含め、独立した財源を持つ介護保険制度を持っている国はわずか5カ国しかありません。それ以外の国では高齢者ケアは成り立っていないのでしょうか?
そんなことはありません。
それぞれの地域で高齢者はそれなりに幸せに生きています。
日本のケアのレベルは非常に高いと思います。
これまでアジアやヨーロッパ、オセアニアなど、いろんな国を見てきました。認知症ケアのスキル、褥瘡の予防、あるいは日々の生活の支援において、日本ほどきめ細やかに丁寧なケアが行われている国はほとんどありません。
ヨーロッパはコンセプトでは先行しています。そして優れたケアが提供されているように日本では信じられていますが、現場はどうかというと必ずしもそうでもないところがあります。
日本の介護、特に技術的な面は非常にレベルが高いと私は思います。しかしながら、日本ではケアをされている高齢者は果たして幸せなのかというと、必ずしもそうではないように思います。
体はピカピカにしてもらっている、とても快適な場所で暮らしている。しかし本人は実はさほどハッピーではない、そんなケースも時々目にします。
日本の介護保険制度は非常に充実していて、様々なサービスの選択肢があります。しかしながら運用ルールは厳しく、その範囲を逸脱することは許されません。
介護保険で支えられるのは生活のごく一部に過ぎないのに、日本では要介護高齢者であると認定されると、介護保険の枠の中で生きることを強いられます。いつの間にか生活の安全管理や監視が常態化し、生きる主体としての高齢者の意向は後回しにされがちです。家族の安心のために住み慣れた住まいを手放さなければならない高齢者をたくさん見てきました。本当はやりたいことがあるのに、リスクがあるという理由でそれを禁じられている高齢者も少なくありません。
果たしてこれはケアの在り方として最善なのでしょうか。
今からちょうど10年前、私はシンガポールマリーナベイサンズにいました。アジア太平洋高齢者ケアイノベーションアワードで2部門でグランプリを受賞しました。
努力が認められた気がして、とても嬉しかったのですが、同時に複雑な気持ちになりました。
常時3,000人の患者に24時間対応の切れ目ない在宅総合診療を提供する。何かあれば医師が駆けつけ、入院のリスクを最小化し、そして自宅で最後まで穏やかに過ごせるようにサポートする。
この私たちの取り組みは世界から集まった審査員を驚愕させました。しかし実はすごいのは私たちの実践ではない。この仕組みを保険の枠組みの中で認めている日本の制度なのではないか。
日本はいい意味でガラパゴスです。
高齢者に対して手厚い医療や介護が2つの公的保険から潤沢に提供されています。これが潤沢でないという意見もあるかもしれませんが、しかし少なくとも国際的に見ると非常に潤沢です。
逆に、保険でこれだけ潤沢なサービスが提供されているがために、実はそれ以外の選択肢がないという弱点があることも同時に知りました。
シンガポールでたくさんの事業者・研究者・政策決定者と交わってみてわかったのは、いわゆる「保険外サービス」の広がりでした。
アメリカには年間予算規模が1,000億円を超える在宅医療機関があります。アセアン諸国には、介護保険制度に依存しない高品質なケアを提供している高齢者・介護事業者がたくさんいます。そして、中東やオーストラリアには、やはり介護保険に依存しない良質な高齢者住宅の提供者がいます。
彼らは保険という公的補助に依存しない代わりに、経営やサービスの自由度を確保しています。そしてそれを最大限生かしながら、「患者」や「利用者」ではなく「顧客」としてサービスを提供し、顧客はそのコストパフォーマンスでサービスを選択します。ここには激しい競争と淘汰があります。しかしながら、その結果としてサービスの質は磨かれていきます。
もちろん社会的に支援が必要な人たちに対しては、必要な行政サービスが提供され、少なくとも困った人がのたれ死にするというようなことは絶対に回避しなければなりません。
ただ、日本のように介護が必要になったら公的枠組みを使わなければいけないという私たちのマインドセットは、少なくともこれらの国々にはありません。結果として地域には様々な選択肢があり、それぞれの経済状況やニーズによって必要なサービスを自由に選択し、組み合わせて使うということになります。
公的サービスの使いにくさはどの国も同じです。その中では日本はかなりマシな方だと思います。しかしながら、昨日発表された財務省の資料を見れば分かる通り、日本の社会保障財源は持続可能ではありません。この状況の中でいかにサービスを継続していくのか、ないものを出せというだけではなく、私たちは知恵を絞らなければならないと思いますし、介護保険に依存しないサービスの選択肢を作っていくことは、そのための一つの重要な取り組みの方向性だとも思っています。
介護保険外サービスという言葉。
そもそも介護は生活の一部であり、介護保険でカバーできることがごく一部であるということを考えると、そもそも「介護保険外サービス」という発想自体が不健全なのかもしれません。
生活のごく一部を介護保険で支える。介護保険で支えることの方が例外的なのだという認識が、多分これからの時代、私たちには求められていくのかもしれません。そしてそれは医療保険についても同じなのだと思います。
昨日は久しぶりに、高瀬さんの「未来をつくるKaigoカフェ」に参加しました。
そもそもここに集まる人たちは、通常の医療介護従事者や経営者とは異なるマインドセットを持った人たちなので、バイアスはかかっているという前提はありつつも、ワークショップでは非常に自由で面白い発想が生まれていました。
すでに介護保険に依存しない形でケア(広い意味でのケア)を提供している、3人の実践者からのプレゼンテーションもありました。非常に刺激的でした。
日本に足りないのはお金ではなく、もしかしたら想像力・創造力なのかもしれません。
超高齢化をピンチとするのか、あるいはチャンスと捉えるのか。エイジング・アジアによれば、2030年のアジアのシルバーエコノミー市場は7兆ドル(1100兆円)。日本の介護費は15兆円、ごくわずかにすぎません。この小さなパイの中で、小さな点数のやりくりをしているのが日本の介護保険制度です。
私たちは目の前のその人の真のニーズに応えるために、「公的保険」という私たちの発想の枠組みを超えて何ができるのか。
これは、これからの医療介護事業者に課せられた一つの重大な課題であるように思います。
佐々木淳


