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「病院があれば安心」から「在宅ケアがあれば安心」へ

全身に転移した腫瘍。
癌性腹膜炎で消化管は動かないので腸閉塞症状を緩和するために挿入されたイレウスチューブ。だけど、液体であれば多少は口からの摂取を楽しむことはできる。栄養と水分は中心静脈ルートから補給され、疼痛はオピオイドの微量点滴と必要時のボーラス投与で概ね良好にコントロールできている。
身体的には状況は厳しい。
だけど、子供たちとの夏休みを楽しみ、ご主人と二人、リビングのソファで海風を感じる。
チューブのわずらわしさは申し訳ない限り。だけど、がん患者としてではなく、一人の家族として、生活者としての時間を取り戻す。

人工呼吸器や経管栄養のみならず、カテコラミンの微量輸液から腹膜透析まで、在宅で管理できる医療機器は増えている。
自宅での感染症や心不全も、遠隔モニタリングを活用しながら、より安全に治療できるようになってきている。
がんの終末期であっても、非代償期の臓器障害であっても、自宅で苦痛少なく過ごせる状況が作れるようになってきている。

技術的な「在宅医療力」はどんどん強化されている。
ACPも徐々に普及し、多くの人が「できるだけ入院せずに、自宅で穏やかな時間を」と意思表示している。
一方で、自宅でのケア提供力は厳しさを増している。
特に高齢層では老々世帯、独居世帯が増加。
生活力の低下・介護力不足を理由に入院を選択せざるを得ない人が増えている。

悠翔会の患者さんたちの「緊急入院」も、医療的にはその半数は入院が必ずしも必要な状況ではない。「患者側要因・社会的要因」が入院理由となっている。十分に自宅で治療しうる。しかし介護力が足りないために病院入院を選択する。
これも広義の「社会的入院」ではないか。
福井県のレセプト研究は、総医療費の最大10.9%が社会的入院によるものだとする。実に5兆円だ。
入院できるならすればいいではないか。
そうおっしゃる方も多い。
確かに、入院ベッドは空床率が高い。一方で在宅介護力は足りない。いまの医療資源のバランスを考えると、無理に自宅で頑張る必要はないように思う。
しかし「本人にとっての最善の選択」を中心に考える私たちにとって、おそらく最善であろう選択肢が準備できない、という状況はとても心苦しい。
そして、入院は在宅療養に比して、決して低コストではない。代替選択肢として、より高額な社会保障費が流出するなら、本来の選択肢の整備にもう少し社会投資をすべきではないのか。

少なくとも、社会的入院5兆円分をケアに振り向けることができれば、望む人が入院せずに在宅療養を継続できる環境を作ることができるのではないか。
日本以外の先進国の多くは、人口当たりの病床数が日本の1/5~1/2程度で入院医療を守っている。もちろん病床数を5分の1にしろとは思わないが、常時30%が空床という状況は、明らかに社会資源の配分としては適切ではないように思う。
日本以外の先進国で「在宅入院」が制度化・普及しているのは、少ない入院病床を補完するという意義もあるのだろう。日本にはたっぷりと病床があるから、在宅での急性期治療などそもそも必要ない、という論調もある。
一方で、日本の「入院ニーズ」を増大させているのは要介護高齢者だ。いまや急性期病院の入院患者の3人に2人は後期高齢者、そのうち半分は85歳以上の高齢者だ。

彼らの疾患の多くは老化関連症候群、加齢に伴う脆弱性に起因する感染症や心不全、そして転倒・骨折などだ。
骨折は入院手術が必要なケースもあるが、それ以外の疾患の多くは、入院したからといってすっきりと「治癒」するわけではない。多くは発症の要因をそのまま温存・あるいは入院によって増悪させた状態で退院し、再発・再燃を繰り返す。
「短期集中的に治癒させる」ではなく「慢性的にくすぶり続ける機能低下と繰り返す急性増悪を継続的に管理する」ことが求められるのだ。
必要なのは平時からのプライマリケア、急性増悪期もカバーしうる対応力、経過と患者・家族の意思決定によってはそのまま緩和ケア、終末期ケアへと移行しうる包括性。そして、医療的変化によって一時的に増大するケアニーズに対応できる介護提供体制の柔軟性。

日本では100歳以上の高齢者が10万人を超えたという。
最初の東京オリンピックが行われた1963年には、100歳を超える高齢者は全国に163人しかいなかったのに。
社会は変化している。
私たちのマインドセットも「病院さえあれば安心」から「在宅ケア体制さえあれば安心」にちょっとずつシフトしていくべきではないのか。
病院があるから、入院させればいいじゃん。
それを続けている限り、「最善の選択」が選択肢として準備されない状況は続くのではないかと思う。

佐々木淳

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