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「できない」の先にあるものを、一緒に探す医療へ。

「患者さんを不幸にしないことにプライドを持つこと」
今日は久留米大学医学部で講義の機会をいただきました。
医学生になったばかりの学生さんたちは、2.5時間、じっと話を聞いてくれました。

講義終了後、学生さんたちから深い質問をいくつかいただきました。一言では答えられない哲学的な問いもあり、10分の質疑は30分に。そして最後、安川先生からの「プロフェショナルとして大切にしているものはなにか」と問いに、このように答えていました。
不可逆な病気や老化の進行とともに、人生の最終段階を生きる。
このような患者さんたちを「不幸にしない」とは、どういうことなのか。そして、そのために医療者はどうあるべきなのか。
在宅医療に関わって20年間、考え続けてきたテーマでもあります。

●「解釈する力」
「治す」という武器が使えないとき、医師にできることは何か。
多くの医療現場では、「治らない」ことを説明し、その運命を受け入れさせるところで終わっています。
治せないこと。近い将来の死が避けられないこと。
これらは事実。
そしてそれを伝えることも大切です。
しかし、患者さんやご家族の人生はそこから先も続きます。
この不都合な真実と折り合いをつけながら共に生きていかねばなりません。
今置かれている状況をどう理解し、どう受け入れるのか。
患者さんたちが求めているのはそこから先のガイドなのに、医師は事実の通告だけで対話を終えます。
患者さんたちは突き放されたように感じてしまいます。
事実は変えられない。
だけど、それに対する解釈を変えることはできるのではないか。
例えば「できないこと」ではなく、「できていること」「やりたいこと」「今からでもできること」にフォーカスする。
一見、厳しい状況の中に、新しい側面、新しい見方を探してみる。
あるALSの患者さんが、経営の仕事を継続しながら「私はいまや呼吸すらしなくても生きられる身分なのだ」とおっしゃったことがありますが、「変えられないこと」を説明して押し付けるのではなく、「変えられること」を一緒に探してみる、そんな関わりがあってもよいのかもしれません。

●患者の言葉が、患者の真のニーズであるとは限らない
患者の自己決定は患者を幸せにするのか。
そんなワークもしました。
抗がん剤の治療を拒絶し続けた乳がんの40代の女性。
治療したくないならご自由に、そう判断するのは簡単です。
でも、なぜ彼女は治療を拒絶しているのか。
「治療したくない」というのは、果して彼女の本当の気持ちなのか。
がん治療を数年間、拒み続けた彼女は、緩和ケアの入り口で、自分が治療に踏み切れなかった本当の理由に気付き、そしてそれを乗り越えることで、失われていたはずの人生を取り戻すことができました。
「あなたの力になりたい」という真摯な気持ちで患者さんと向き合う、その上で対話を重ねていくことで、本人の本当の気持ち、本当に望んでいるもの、本当に恐れているものが見えてくるかもしれません。
一人だと決断できなくても、一緒に清水の舞台から飛び降りるよ、と言ってくれる人がいれば、一歩踏み出せるかもしれません。
また、ちょっとだけやってみて、不愉快ならやめればいい、そんな選択肢もあってもよいかもしれません。
重要な決断だからこそ、患者に決めさせる、家族だけに決めさせるのではなく、最善の選択を一緒に考えることが重要なのだと思います。

●医者のコアコンピタンスは何か?
医療技術は進化を続け、低侵襲化・コンパクト化しています。
重厚長大な大病院でなければできないことは少しずつ減り、自宅やクラウド空間で完結できるものも増えています。
医師の知識やスキルが少しくらい足りなくても、AIがそれを補えば、患者さんがそれによる不利益を被るリスクは少しずつ小さくなっていくでしょう。
しかし、医療技術の進化は、我々に新しい苦悩をもたらします。
どこまでを治療の対象とするのか。すでに抗がん剤は治癒ではなくQOLや延命を目的としたものが増えてきていますが、どこまでの積極的治療が本人にとって利益になるのか。
選択肢が生まれたことで、自分たちで引き際を判断しなければならなくなってきています。
AIは医療を変えていくと思います。
しかし、現場にいる人間でないとわからないことがあります。
Chat GPTに「1日だけ人間になれるとしたら何がしたい?」と問うてみた、というスレッドが話題になっていますが、多くの?Chat GPTが言語的コミュニケーションだけではわからない何かを体験したい、と回答しています。まさにそれが人間でしかできないことなのだと思います。
今後、医療者の強みは、ますます本来の「臨床」=病床に臨む=ただ患者の傍らにいる、という究極の非言語コミュニケーションに再び集約されていくのかもしれません。
そして、患者さんの人生に伴走しながら、医療的知識や経過の見通しを必要とする重大な判断をともに重ねていく、それは「真摯に向き合う」ではなく「ともにある」ということなのかもしれません。
患者さんと以心伝心、阿吽の呼吸で関われる私たち、患者から「よきに計らう」ことを期待される医療者。「言葉にして、記録して」ではなく、言葉はなくてもなんとなく分かり合える、納得し合える関係性。
AIとテックによって、医師のコアコンピタンスは(一周まわって)すごく泥臭いところに戻ってくるのかもしれないと思いました。

貴重な機会を頂戴しました安川先生はじめ関係者の皆様、ありがとうございました。

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佐々木淳

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