看取りに夜中の往診は本当に必要か?

看取りのために夜中に往診する必要があるのか?
パリの在宅医(在宅入院)は時間外の往診はほとんどしないという。主に急性期と終末期をカバーしており、その医療依存度は日本の在宅患者よりも高い。しかし医師が往診してやることの多くは看護師でできるし、死亡診断であれば急いでやる必要はない(緊急往診しても結果が変わるわけじゃない)という。
まあ、その通りだ。
でも僕らは夜中に看取りに行く。
これは患者さんのため、というよりは、多職種チームに「ちゃんと仕事している」ことを示すためかもしれない。
東京では、たとえ近い将来なくなることが避けられない看取り前提の患者であっても、深夜2時の心肺停止の確認を朝まで待たせると、態度が悪い(診療の質が低い)と評価されることがある。
これは在宅クリニックにとって致命的なのだ。
東京では近年、在宅医療クリニックが急増している。
在宅患者の多くは紹介。「診療の質が低い」と判断されると、患者の紹介が途絶えてしまう。大したことのない症状でも、これを経過観察で済ませるとケアマネや訪問看護はどう思うか、みたいなことが頭をよぎり、一応往診しておくか、みたいな判断がされたりする。
したがって都市部ではむしろ「過剰な診療対応」が選択されることが多いのではないか。
予測された看取りに対する夜中の往診・死亡診断も、それが必要とされる特別な理由がない限り、どちらかというと過剰な対応(少なくとも医療的必要性は低い)だと個人的には思っている。
もし、診療が雑なのに生存できている在宅クリニックがあるとすれば、【診療の質と関係なく患者が安定供給される仕組みがある】=病院・介護事業所・施設との「特別な関係」があるいうこと。
問題の本態は「看取りをしない」ことではなく、競争原理の働かない「特別な関係」のほうだろう。
いずれにしても、看取りは本来緊急往診の対象ではないはず。
重要なのは本人・家族の覚悟(心の準備)。そして多職種の経過への理解。
予想外の急変、経過の早かったケース、ご家族が心の準備ができていなかったケース、決定支援支援が十分できていなかったと想定されるケースはもちろん迅速に対応すべきだ。
しかし、そうでなければ、本来は急ぐ理由はないはずだ。
むしろ、最後の死亡診断は急がなくてもいい、継続的な関係性の中で、そんな納得感を患者さんやご家族とあらかじめ築けていることの方がより重要なのではないか。
心肺停止時の積極的治療を望まないのであれば、大急ぎで医者を呼ぶのではなく、ゆっくり家族で最後の時間を過ごし、医師は翌朝、落ち着いたころに訪問する。実際、ご家族のリクエストであえてこのような形で訪問させていただいたこともある。
こういう看取りは、本当に「質が低い」のか?
こういう認識がないから、看取り=往診に行きたくない=とりあえず救急搬送になり、結果としてできたはずの看取りができなくなってしまっているのではないか。
看取りのあるべき形について、一度、みんなで腹を割って話したい。
いずれにしてもいざというときに対応しない在支診はいらない。たとえ患者の安定供給システムがあったとしても、その生存を許容すべきではないとは思うが。
佐々木淳