介護を削れば社会が崩れる―医療費と経済損失の現実
「健康で文化的な最低限度の生活」は憲法で保障された私たちの生存権。
介護はそれを保障するための基本的インフラの1つ。
極言すれば、医療はなくても人は生きていけるが、介護がないと要介護者は生きていけない。
世界に誇る日本のユニバーサルヘルスカバレッジ、医療に関しては経済的状況によらず必要な医療が誰にでも届く。介護についても同様の概念を意識すべきだ。
食事、排泄、清潔などの基本的ケアが提供されなければ、生活が継続できないばかりか、誤嚥性肺炎や尿路感染、骨折などによる入院や死亡のリスクが増加する。
これらは結局、当事者の生命や生活をリスクに晒すだけでなく、高額な入院医療費が生じる(肺炎で1回入院すると平均118万円)。
いまベーシックサービスであるはずの訪問介護事業所のない基礎自治体がなんと20%近くもある。
そしてこれは過疎地だけの話ではない。
首都圏においても訪問介護の不在地域が出始めている。
●介護をケチれば、社会全体が困窮する。
介護が足りなくて困るのは、本人だけではない。
家族の介護負担が大きくなる。
現在、介護離職だけで1兆円の経済損失とされるが、2030年には833万人の家族介護者のうち4割がビジネスケアラー、その経済生産性の低下により9兆円の経済損失が生じると経産省は試算している。
そもそも介護介護保険は、家族を介護に縛り付けない、介護の「社会化」のための制度。国は2016年に介護離職ゼロを目指すといっていたはず。
しかし現実は逆行している。
40代、50代で一度介護離職すると退職前と同等以上での復職は容易ではない。
生活の基盤を失う世帯も増加する。
選挙の争点にもなっている「手取りが増えない」の主犯は、社会保障費の増大ではなく経済成長の停滞=所得が増えていないこと。
就労家族に介護を担わせれば、経済成長の足かせになるどころか、社会保障サービスへの依存者を増やしかねない。
●介護をケチれば、より高額な医療保険に流れる。
介護報酬を削りに削り、介護福祉士やケアマネが他業界に移籍していく中、その不足を補うのが医療保険サービスだ。
社会的入院はいまだに多い。
福井県のレセプトデータ分析によると、総医療費の最大10.9%が社会的入院。
一昨年の国民医療費は48兆円、「最大5兆円」がケアニーズのための医療費ということになる。
また、ホスピス型住宅がここ数年でなんと15万床!に急増した。
訪問看護で健康保険に入れる患者を収容する。健康保険には訪問看護提供に上限なく、その利益率の高さで新しい「業界」は急成長した。新たな上場企業が4社、単価は患者一人、ひと月あたり90万円。これも医療費からの支出だ。
介護が足りないと、その需要は割高な入院・訪問看護に流れる。
しかし、その「ケア」としての質は決して高いとは限らない。
繰り返すが、介護保険サービスは要介護者のみならず、私たちの社会全体を守るために必要不可欠なベーシックサービスだ。
介護にかかる費用は単なる「コスト」ではない。
家族が社会参加・就労を継続し、医療保険サービスの適正利用化のための投資であるはずだ。
その介護の提供体制が不安定になっているのは、評価=点数が低すぎるから。
国家資格を取らせながら、手取りはコンビニのバイトより少ないとか、少しおかしいのではないか。
介護の仕事は、単なる「お世話」ではない。
その人の状態を身体・精神・社会心理的側面からアセスメントし、併存する疾患や障害の特性もある程度理解した上で、個別化された目標に向かって、本人、家族、そして周囲の環境要因・社会資源も巻き込みながら、その自立と尊厳を守る。
特に人生の最終段階、医療によって予後延長が望めない状況においては、本人の生命力が最大限発揮できる環境を整えつつ、本人や周囲にとって納得のできる時間を確保できるよう、最期まで生活の継続を支援する。
本来、高度な専門性を求められる仕事だ。
現在の介護報酬は、その業務に伴うスキルや責任に対して、明らかに低すぎる。
まずは正当な評価を行うべき。
●生産性向上の限界と人材不足に向き合う。
介護人材は非常に不足している。
今後、さらにその需要は伸びるが、生産年齢人口は2040年までに1000万人以上減少する。このような中で、とりうる手段は限られている。
生産性の向上と、外国人の活用だ。
規制改革推進会議の専門委員として、介護の生産性向上に関する規制緩和に積極的に取り組んできた。深刻な人手不足の中、これは避けて通れない重要な課題だからだ。
しかし、生産性向上には一定以上の事業規模が必要だ。
人員配置が1:3から1:2.9に緩和されれば、数千人のヘルパーを雇用する施設運営者であれば大きな効率化ができる。しかし小規模事業所がこの恩恵にあずかるのは難しい。
そして小規模事業者が担うのは、大規模化しにくい、より個別化が必要な部分だ。お金にならない大企業が拾わないケースに対応している。
このような領域では「効率化」は難しい。生産性以前に、そもそも事業の持続可能性の確保が大きな課題になっている。
人材不足のもう一つのカギは外国人に対する活躍の場の提供だ。
これは着々と進んできている。
そして素晴らしいケアをしてくれている外国人介護職を僕は何人も知っている。
残念ながらヘイトに近い外国人排斥を訴える声が聞こえてくるが、介護サービスの担い手不足のみならず、日本の経済成長の足かせになっているのが労働人口不足だ。外国から来た人たちが、日本で安心感を持って安定的な生活ができるように、そして日本の文化になじめるように支援していくことが重要なのではないか。
少なくとも外国人の活用について否定するのは違うだろう。
●選挙に行きましょう。
介護はコストではなく、社会投資。
私たちの社会を安定させ、経済成長を持続させるためのインフラ。
そして介護サービスの受益者は要介護高齢者だけではない、その家族も当事者だ。離れて暮らす世帯も含め、家族の生活が介護で破綻しないように守ることが本来の介護保険制度の存在意義だ。
身内に高齢者がいないという人はいないだろう。高齢者だけではない、がんの終末期でも、脳卒中で後遺症が残っても、そこから先を平穏に生きていくためのベーシックサービスだ。
安易な世代間対立を煽る政党は、そもそも本質を理解していないか、ただのポピュリストだ。分断は何も生まない。
「移民反対」を主張するのであれば、だれがどう彼らの穴を埋めうるのか、きちんと説明してほしい。日本経済は、特に地域経済は外国人なしではすでに成立しえない。外資系金融機関で働く欧米人に対してはニコニコしているのに、アジアやアフリカからの就労者に対して排他的。本当に恥ずかしい。
介護保険サービスを守り、そして介護職がこれを「本職」とできる、専門職として成長し続けていくためにも、しかるべき報酬が必要だ。
現状、経済損失で9兆円+医療保険の代替支出が5兆円=14兆円と、ほぼ介護保険の支出に匹敵する大規模な「損失」が生じている。
ということは、介護保険の予算規模を仮に2倍にしても、これらが解消されればトントンということになるのではないか。
しかし介護保険料をこれ以上上げるのは難しい。自己負担の増加に耐えられる高齢世帯もそう多くはない。予算規模拡大分は税金から入れていただくしかないのだろう。
そうなると消費税廃止などの議論とは共存できない。むしろ正直に消費税「増税」の将来的な必要性について国民に説明できるリーダーのほうが望ましいのではないか。もちろん爆発的な経済成長で税率を上げなくてもなんとかなる、というのであればぜひそうしていただきたいが。
今日は上野千鶴子さんにお声がけいただき、津田大介さんのポリタスTVにて、介護保険の今後について討論に参加、上記のようなお話をさせていただいた。
配信は本日19時から。(無料とのこと)
右とか左とか、イデオロギーの前に、まずは自分たちの社会がどうあるべきなのか、それを持続可能なものにするためにはどの選択が最善なのか。
とりあえず僕は期日前投票に行ってきました。
未来の選択。ぜひみなさんも国民の権利を行使してください。
佐々木淳