社会的共通資本としての医療は、いま機能しているのか
今夜の東京都医師会の勉強会。
医療経済学者の井伊先生がご登壇くださいました。
医療は市場財ではなく、「社会的共通資本」として信頼に基づき運営されるべき制度。宇沢弘文先生はそう提唱されました。限られた資源配分は専門職の自律と社会的基準に委ねられる。そこには透明性と説明責任が不可欠。日本の課題は情報の分断と不透明性。公共的に信頼できる情報基盤の確率も持続可能な医療の要件の1つ。
たぶん、本当はもっとビシっとおっしゃりたかったのではないかと思いつつ、それでも出席した東京都医師会の先生方は、改めて社会的共通資本としての医療の担い手としてのあるべき姿をそれぞれに思い描かれたのではないかと思います。
その後の懇親会も含め、とても有意義な時間でした。
4月1日。
今年こそ気の利いたエイプリルフールを思っていたのですが、年度初めにふさわしい、なかなか怒涛の一日でした。
午前8時:移動中の車内でオンライン経営会議。2月までの実績の振り返りと新しい制度への対応の在り方について経営幹部とともに数字とにらめっこ。
今回の診療報酬改定、これまでの努力が否定されたような気がします。特に在宅医療領域の「退化」ともいうべき非合理的ルールにはいら立ちを通り越して若干の怒りすら感じますが、保険診療である以上は仕方ないですね。
午前9時:稲毛で外来+訪問診療。患者さんに癒してもらいました。
新橋に戻って12時:アボット米国本社のフェルナンド副社長をお迎え。
医薬品ONSの在宅医療領域の位置づけと、特に高齢者のウェルビーイングにおける栄養ケアの重要性について贅沢なディスカッションの時間をいただきました。
13時:共同通信の市川さんの取材(内容は現時点では秘密)
14時30分:COO・副理事長の安池先生と拠点運営に関するディスカッション。同じ医師目線で経営に関する深い話ができるパートナーができたことは本当に心強いし、ありがたいです。
16時:衆院第二議員会館で医療介護未来創生会議に参加。
山本左近さんのAIとテック、そしてホルムズ海峡封鎖に伴う日本経済・医療介護への影響についてのプレゼンテーションをお聴きしました。左近さんのテックに関する話は本当にわかりやすい。基礎知識のない人でも具体的に理解できる説明で、このような方が特に技術革新に関する話題の「通訳者」として国会におられることは強いなと思いました。質疑まで参加できなかったのが残念。
17時:お隣の衆院第一議員会館に移動し、日本維新の会の方々と規制改革に関するディスカッション。健康医療介護WGを代表して参加させていただきました。
国家戦略の文脈では医療等データの利活用(一次利用・二次利用)の拡充とそれを可能にする技術基盤・運用体制の整備。3文書6情報では臨床判断には不十分であること、情報共有のための紙媒体や「●●書」のテキスト情報化についても改めて提示しました。
現場の視点からは、多職種のタスクシフト(看護→介護、薬剤→看護)に加え、遠隔死亡診断の実施・研修の要件緩和、電話再診による処方再開、デイサービス等への往診などを具体的事例として提示しました。維新にも医師・医療関係の議員の方々がおられ、特に施設における薬剤管理や、往診しなければ特別訪問看護指示書が出せない点なども追加の課題として提示され、とても有意義でした。
日本の医療は、制度面(法的規制面)においても、実際の診療運営・ケア提供の面でも、柔軟とは到底言い難い状況にあります。その根底にあるのは「リスク」に対する考え方であるようにも思います。
維新の会では、なぜ医師に権限を集中させるのか、という質問を受けましたが、それは医師が利権を独占したいというよりは、医師以外の専門職が主体的に責任をとれないことにあるのではないか、そう回答しました。
誰もが「リスク」を回避したがる。しかし、そのリスクを回避することで、新たなリスクが生じたとしても、そちらに対しては無関心です。
例えば在宅酸素の流量調整。介護職が触るのは「リスク」。しかし、医師か看護師の到着を待つ間、患者さんは低酸素血症=生命のリスクに晒されます。どちらが相対的に安全といえるのでしょうか。
訪問看護ステーションへの薬剤配備も、電話での処方も、結局、「リスク」と厚労省や業界団体は言うけれど、それを制限することは誰の利益なのでしょうか?少なくとも患者には不利益のほうが大きいはず。
このあたりの考え方はもちろん日本の文化の一部なのかもしれません。しかし規制改革が進まないのも、診療報酬制度が複雑になるのも、根っこは同じような気がします。
こういう本質じゃないことでごちゃごちゃもめている今の日本の医療を宇沢先生はどう思っていらっしゃるのでしょうか。
佐々木淳
