延命治療でも安楽死でもない ― パリのホスピスが守る“尊厳”
カトリックから生まれたホスピスと「安楽死」に揺れるフランス。
ヨーロッパ最古・最大のホスピス、Jeanne Garnierはパリにある。
ここはカトリック教会(ザビエル会)とボランティアが中心となって150年前に創設された。英国のセントクリストファーホスピスと並ぶ欧州の二大拠点の1つだ。
3つのコンセプトが素晴らしい。
そしてさらに素晴らしいのはそれが実践されていること。
●To welcome, care for and support sick people and their loved ones, without distinction of origin, nationality, religion or philosophical belief
出自・国籍・宗教・思想信条にかかわらず、病をもつ人とその大切な人たちを迎え入れ、ケアし、支えること。
●To recognize that people as individuals worthy of being themselves, to respect their choices whatever their physical, social, psychological or spiritual condition
一人ひとりが、その人自身として尊重されるべき存在であることを認め、その身体的・社会的・心理的・スピリチュアルな状態にかかわらず、その人の選択を尊重すること。
●To relieve pain, to ensure quality of life in the first stages of the illness and/or hastening its end; to support families in the changes that they will have to face
痛みを和らげ、病の初期段階から終末期に至るまで生活の質を確保すること。そして、家族が直面する変化を支えること。
ここでは81床の緩和ケア病棟をハブに
①通所緩和ケア(デイホスピス)
②外来緩和ケア
③緩和ケアリエゾン(モバイル緩和ケアチーム)
④地域緩和ケア(コミュニティ緩和ケアチーム)
⑤地域教育・ボランティア育成・研究
⑥家族支援(介護者支援)
⑦神経難病患者に対する支援(レスパイトケア含む)
など7つの機能を組み合わせながら「早期からの緩和ケア」を重視、通院可能な状況から患者さんやご家族に寄り添いながら伴走(accompaniment)する。
全人的疼痛に対する科学的介入ができることを前提として、傾聴(listening)を主たるアプローチに、その人の尊厳(dignity)を守ることを何よりも大切にしている。
緩和ケア病棟の平均在院日数は、神経難病のレスパイト入院を含め16日。
年間1500人の患者を支援する。
自宅で最期までケアできない患者のターミナルケアが中心(入院患者の85%が死亡退院)だが、状態を安定させて自宅に戻る人もいる。
■ホスピスからの在宅緩和ケアチーム
実はこの施設を見学するのは2回目。
2年前にお伺いしたときは年間1000人を支援とおっしゃっていたので、診療規模は着実に拡大している。前回は施設見学が中心だったので、今回は地域緩和ケアチームの取り組みを教えていただいた。
実は僕はモバイル緩和ケアチームとは在宅アウトリーチのことかと思っていたが、実はこれは病院支援の形態、他院への緩和ケアアウトリーチだった。
ちなみに在宅緩和ケア(Community Palliative Care Team)が本格稼働したのは昨年。
医師2名、看護師3名、マネジメント1名。この1年間で150人の患者を支援(82%が居宅・18%が施設/約70%が悪性腫瘍)、平均週2回程度の訪問、1か月程度の関与期間。自宅で看取ったケースは30%程度という。
■定期訪問
医師・看護師がペアで患者宅を計画的に訪問する。
これは日本の訪問診療の一般的な形態に近い。オピオイド(モルヒネ注射液やフェンタニル貼付薬など)や塩酸ブチルスコポラミン、ハロペリドール、ミダゾラムまで携行し、必要があればその場で使用できる。鎮静含む高度な在宅緩和ケアに迅速に対応できる。
なおフランスでも薬物濫用が問題になっており、オピオイドの処方は日本より厳格(透かし入りの特別な処方せんが必要)だが、地域緩和ケア医は麻薬の携行(病院からも持ち出し)に特別な許可があるのだという。
■緊急対応
医療対応力は強いが、緊急対応は脆弱だ。
電話再診と日中の往診には一部対応するが、特に休日・夜間の対応体制は確保できていない。これをやるためには人材と財源が必要とはっきりと。
延べ150人の患者、平均1か月程度の介入期間、つまり常時10人前後の在宅患者の支援のために医師2人+看護師3人で足りないという感覚は日本的には理解困難だが(汗)体制拡充のために行政や政府との交渉をしているという。ここは人員基準によらず24時間対応が義務化された日本とはだいぶ様相が違う。
■在宅看取り
フランスの病院死率は約55%、欧米の中では日本に最も近い。
このチームで診ている患者も看取り率は30%程度とのこと。緩和ケア病棟がバックにあることに加え、緊急対応ができない点も大きいと思われる。
自宅で亡くなった場合、連携する在宅医療サービス(パリドムという往診サービスがあり死亡診断書も発行できる)か、病院への搬送を選択することもあるという。フランスでは2日間の研修で看護師による死亡診断(高齢者の自然死に限る)も許容されており、HAD(在宅入院)では有資格看護師が看取りをするケースもあるとのことであったが、在宅緩和ケアチームは、あまり自宅で死亡診断することにこだわっていない様子。
「寄り添いと伴走」という組織の精神と、患者・家族が最も不安になるであろう時間外の急変時の対応体制に若干の解離は感じつつ、そのあたりを許容できるのがフランス流なのかとも思った。
■日仏の在宅緩和ケアの比較
在宅緩和ケアに関しては、総合的には実は日本のほうが先進的であると感じた。
フランスのように緩和ケア専門医が患者の自宅で高度かつ迅速な医療的処置ができることは素晴らしいと思う。
しかし日本においても麻薬の提供体制は地域の薬局の機動性に依存はするものの、注射薬含めある程度確保できている。緩和ケアの均霑化には改善の余地は大きいが、総合診療医が緩和ケアに関わる意義も大きい(特に複合疾患や脆弱性が背景にある場合には)。
PCA(麻薬の持続注射による疼痛コントロールのための微量輸液ポンプ)の管理が必要なレベルにエスカレーションすると、フランスでは在宅入院(HAD)という別の制度を使う必要がある。肺炎を併発すれば自宅では(緩和はできるが)治療はできない。しかし日本では同一の在宅診療チームが連続してケアを提供できる。もちろん24時間対応で、疼痛管理のみならず、感染症から心不全などの疾患コントロールまで包括的に対応できる。
もう一つの日本の強みは、そして医療・看護・介護の連携で患者のニーズに包括的に対応できることだ。
フランスの在宅医療系サービスは介護サービスとの連携の不十分さを感じる。GPによるかかりつけ医としての関与、在宅入院、在宅緩和ケア、訪問看護、介護、これらのサービスは縦割りで、複数サービスが入ることもあるし、サービスが移行することもあるが、統合的に提供されている状況にはない。日本の地域包括ケアは実は十分に機能していることを認識した。
■しかし日本はベストプラクティスと言えるか?
僕にはそうは思えない。
日本の制度は、専門職による24時間連続対応(常勤であれば実質的に36時間以上の連続勤務)を制度要件として義務化している。チーム医療体制を拡充し、休日夜間の緊急対応チームを構築しても、それではダメだという。21世紀も25年を経過して、いまだに根性論で医療を語る無神経な日本に比べれば、持続可能性と個々の専門職のライフワークバランスを尊重するフランスのほうが健全だろう。
日本では診療報酬が高すぎる!と医療業界は政府からも国民からも締め上げられているが、フランスでは日本の診療報酬レベルで24時間働けと強要されれば、間違いなくストライキするらしい。
「それだけやってそんなに安いのか?!一桁違うのでは?」とびっくりされてしまった。まあ我々日本の医療介護専門職は間違いなく社畜(社長は国)、制度による搾取の犠牲者だ。
■意思決定支援と安楽死で揺れ動くフランス
僕が個人的にもっとも印象に残ったのが、最初にブリーフィングしてくれた院長による言葉だ。
「私たちは積極的治療には反対だが、安楽死にも反対の立場だ」
これこそが、この施設の核心だと思った。
「何でも治療する」ことを拒む。
しかし「死を与える」ことも拒む。
その間で苦痛を徹底的に減らしつつ、患者の意思を尊重する。
彼らのいうDignityとは、そういうことなのだろう。
彼女の「積極的治療に反対」は、不合理な治療への固執、「治療のための治療」への反対というニュアンスと理解した。
フランス保健省は、2016年のClaeys-Leonetti法(レオネッティ法)について、患者には不合理な治療の拒否、あらゆる治療の中止要求、そして一定条件下での持続的深鎮静を受ける権利があると説明している。
HASも患者は「不合理な治療への固執を受けない」権利を持つと明記する。
治療中止の目的は「患者にとって無益な介入をやめる」「患者の意思を尊重する」。
死は加齢や基礎疾患の帰結であって、敗北でもなければ、忌避されるべきものでもない。
耐え難い苦痛があるなら鎮静という選択肢が保証されている。
もちろん意識低下は手段であって目的ではない。フランスでは法律上、適応・短期予後・合議制などの条件がある。
持続的鎮静という選択肢が確保されている状況において、安楽死(幇助自殺)を認めるということは、そこに「死を生じさせること」という新たな目的が出現することになる。
緩和ケアを受けながら、老化や病気の帰結としての死が訪れること。
死を早めることを目的化すること。
結果としては似ているように見えるが、ここは質的に大きく異なる。
治らない病気に対しても、ケアは続く
何もしないのではなく、むしろ症状緩和は強化する
しかし、患者を治療対象として握り続けない
同時に、患者を死を与える対象にも変えない
Jeanne Garnierは、医療の役割を「殺さないこと」ではなく「苦痛を軽くし、見捨てず、無益な侵襲もしないこと」と再定義し、81床の緩和ケア病棟を含む8つの機能を組み合わせて、患者・家族が「延命治療」と「安楽死」の間にある豊かな価値に気付けるよう、努力をしている。
フランスでは近年、「aide à mourir(死への援助)」を認める法案の議論が進んでいる。
2026年2月25日には国民議会が第2読会で修正可決、今後は上院の審議に進む。
制度設計上は、本人申請、重篤で不治の疾患、一定の予後・苦痛条件、原則は自己投与、例外的に医師または看護師による投与、医療者の良心条項などが盛り込まれている。
彼女が敢えて「積極的治療にも反対だが、安楽死には反対」と言及したのは、もともとカトリック教会が母体ということもあるのかもしれないが、緩和ケアがそれによって変質することを強く警戒していたからなのかもしれない。
日本とフランス、どちらが優れているということではない。
医療とそれを構成する医療制度や医療専門職の行動規範、そして患者の受療行動は、まさにその国の文化の一部。
それぞれの優先順位に応じて提供されればそれでよいのだと思う。
しかし、在宅入院(HAD)による在宅緩和ケアの300ユーロという1日単価(1か月じゃないですよ!しかも訪問するのは医師ではなく看護師)では24時間対応はできないと断言できるパリの医師たちの価値観のほうが、おそらくグローバルスタンダードなのだろう。
日本の医療者ももう少しはっきり主張したほうがいい。
日本の医療は高くない。むしろ安すぎるのだと。
日本との仕事があってほぼ徹夜、脳みそを取り出して洗いたい感じの朝だったが、フランスの激アツな先生方とのディスカッションのおかげで覚醒を維持することができた。
この施設も奥田さんのコーディネートだが、奥田さんは通訳も抜群だ。
医療制度研究者として、パリに暮らす一人の市民として、時に患者としての立場から、フランスの時事の社会背景をも踏まえたうえで、医師や看護師の本音を上手に引き出してくれる。
教科書的な学びだけならAIが教えてくれる時代。
とても価値ある3時間だった。
Jeanne Garnierの先生方と奥田さん・弥生さんに改めて感謝を。
https://www.naokookuda.fr
佐々木淳


