在宅医療という荒海をどう航るか
国が在宅医療に何を求めているのかが明確になった。
「在宅医療充実体制加算」という強力な加算が新設されたのだ。
これをクリアできる在宅療養支援診療所(在支診)は超優遇される一方、そうでない在支診の収入は少し厳しいものになる。本気で在宅医療で生き残ろうと思うのであれば、これを取りにいくしかない。少なくとも在宅医療特化を謳う悠翔会には他の選択肢はない。
主たる方向性は大きく4つ。
1.大型化
複数常勤医・「1日3列以上」の在宅診療対応力。
加えてできる限り24時間対応を自院に勤務している医師で完結させよ、という。
常勤3人という数字は、週2回以下の24時間連続勤務は許容されうるという前提もあるのだろう(常勤の場合には翌日も通常診療があるので少なくとも32時間以上にはなるはずだが)。
常勤換算3人は都市部やその郊外なら現実的だ。
地方のいわゆる「中核的在支診」の多くはすでに満たしているはずだ。
ただし人口密度が低く、半径16キロ圏で複数常勤医師を養えない地域もある。このような地域では、むしろ医師の負担が大きい点に配慮が必要ではないか。
僻地のみならず、地域の実情をもう少し現実的に評価されうる形が望ましいと思う。
2.重症中心
ここには2段階のラインがある。
第1段階:「広義の重症患者」の訪問診療回数が全訪問回数の20%以上
→これをクリアできなければ医学総合管理料は月1回(約6割)に減額!
広義の重症には「要介護3以上」「中等度以上の認知症」などが含まれ、「普通の在宅医療」をやっていればクリアできないほうがむしろおかしいレベル。これは一部の特殊な在支診の足切りという認識だろう。
第2段階:「狭義の重症患者」の割合が20%以上。こちらが本丸。
→「別表8-2」、つまり末期がんや難病、人工呼吸器や在宅酸素などの医療機器を使用している患者数のみをカウントする。
総患者数ではクリアは容易だが、関われる平均期間が短いため、実診療患者数としてはそう簡単ではないかもしれない(一定数の重症患者が紹介され続ける必要がある)。
緊急往診30件以上+在宅看取り30件以上という要件は複数常勤医がいるなら余裕のはず。月平均だと3件弱。普通にクリアできる。
ただし医療的ケア児や神経難病など、看取りを前提としない患者を中心に診ている在支診に対する配慮は必要ではないか。看取り中心の患者より緊急対応の頻度も救命措置などの責任も重い。
3.居宅中心
常勤在宅医1人あたり主治医ができるのは月100人まで。
居宅・重症が中心ならおのずとこのあたりに落ち着くと思われる数字だが、人数制限は医科では初めてではないか。
悠翔会も「居宅患者換算」で週5日勤務100人を1つの上限ラインとして設定している。
ただし施設患者を実数でカウントすると大幅に超える常勤医もいる。
施設患者を多く担当すると、たとえ居宅の高度な医療ニーズに応えられる体制をもっていても評価されない。地域の中核的在支診が施設診療から撤退する可能性がある。
また、医師確保困難地域においては、それでも他に選択肢のない地域の在宅医療のニーズに応えるために訪問看護等と連携を強化し訪問回数を月1回に減らすことで、より多くの患者数の受け入れに努力してきた在支診もある。このような「善意」が踏みにじられるのはおかしいのではないか。
ICTを活用し多職種のタスクシェア・タスクシフトを進めることで、より質の高い在宅医療をより少ない医師介入(診療回数)で実現する。これは医療資源の適正利用化の観点からも重要なはず。「人数の上限」は「医療における生産性の向上」というこれまでの政策目標と矛盾しているように感じるのは僕だけか。制限をかけるとするなら総訪問回数のほうではないか。一部のパニック値を除外すれば「患者数が少なさ」と「在宅医療の質」に必ずしも相関は確認されていないはずだ。
在宅医療を質で評価したいなら、プロセス評価(訪問回数・患者数・緊急往診数)ではなくアウトカム評価を拡大すべきだ。現状、唯一のアウトカム評価は「看取り数」だけだが、これも本来評価すべきは「自宅で死んでいること」ではなく「平穏な暮らしを守ること」。たとえば救急搬送や入院(再入院)の抑制は定量化も捕捉も容易なはずだ。
4.教育研修拠点
専門性に裏打ちされた在宅医療が提供されていることを前提に、医学生や研修医等の受け入れに対応できること。
医学生の数も、研修医・専攻医の数も限られている。地域の医学部や研修指定病院から認知される存在かどうかが重要になる。ただし、人口の多い都市部の在支診にとっては(相対的に医学生や研修医が少ない)少し不利な気がする。
厚労省の裏の意図をもう少し深く考えてみる。
1.ソロプラクティスの否定
これまで議論されてきた「かかりつけ医」の理想形は、地域に密着した開業医が外来から在宅までを連続的に総合的に(できれば24時間)対応できる体制だった。
しかし今回の改定でそれが否定されたのではないか。
外来単独の評価は徐々に厳しくなってきている。地域包括診療料へのシフトは往診と24時間対応体制がセットで求められる。その延長線上で在宅医療の提供も期待されているが、一人主治医では加算は取れない。
診療報酬が政策的誘導とすれば、特に都市部(医師不足地域以外)においては、複数×在宅×24時間対応がコア機能と想定されていることは間違いない。
GP(家庭医・かかりつけ医)が制度化されている英国などでも、「かかりつけGP」から複数GPを擁する「かかりつけGPクリニック」へのシフトが進んでいる。
地域医療のインフラ化、これは世界の潮流。日本もそれに追随するということなのだろう。
しかし一人開業医を封殺するのが本当に最善の選択なのか。
それぞれの地域における最適な役割分担があっても然るべきではないかと思う。
2.医師1名あたりの診療収入に上限
在宅患者の人数制限=収入制限。
月2回の訪問診療=月8万円。100人で月800万円。12か月で1億円。
これを収入の上限に設定するということだろう。
外来より高利益率とされ、ビジネスモデル化と事実上の営利企業参入も目立つ在宅医療だが、収入に上限がかかることで利益率が抑制される。
加算が取れればもう少し「上限」は上がるかもしれないが、実際には100人ギリギリまで診るのは難しい。終末期がんなどの場合には管理料が取れないケースも多い。
1億円?そんなに儲かるのか、そう思う方もいるかもしれない。
しかし施設や設備の維持、診療に同行する看護師やアシスタント、バックアップする医療事務やソーシャルワーカーの確保、紹介料を含む採用や研修にかかるコスト、休日夜間体制の確保、不確定要素への備えなどを含めると原資として実はゆとりはない。
在宅医療のビジネスモデルとしての旨味は消された。
同時に、在支診は運営のスリム化をこれまで以上に進めていく必要がある。
在宅医療充実体制加算を追わず、減算も厭わず、数で稼ぐという戦略もある。もちろん頑張れば(頑張らせれば)1億は超えられるだろう。実質的経営者によるピンハネの余地を捻出できるかもしれない。
減算=患者一人あたりの医療費の公的支出は減ることになるので、厚労省もこのような在宅医療を選択肢として許容するのではないか。ただし24時間対応(緊急往診・看取り)がきちんと行われているかはきっちりモニタリングされる。そして点数は段階的に下げられていくことになるだろう。一度、こちらの道を選択すると、それを受容するほかに逃げ場がないのはわかっているから。
いずれにしてもビジネスモデルとしては早晩成立しなくなる。
3.施設診療は「出張外来」
前回の改定で施設在宅医療が中心の大規模在支診はなんと40%減額となった。
今回の改定で施設患者を一定以上含めると在宅医療充実体制加算が取れなくなる。地域の中核的在支診は施設診療から撤退、あるいは新規依頼を受け取らなくなるだろう。
それに代わる施設在宅医療の担い手は大きく2つ。
加算や減算を無視した薄利多売型在支診、低診療報酬を許容し、広域×大規模化することで「数で稼ぐ」施設特化型在支診。このグループはより高度に組織化されていく(でないと生き残れない)。患者単価は外来と同等。一人あたり単価で考えると特養の嘱託がむしろおいしく見えるかもしれない。
低報酬=入居者にとっては医療費の支払いが減る。自己負担割合が上がる中、仮に多少質を落としても選択肢としては歓迎される可能性もある。
もう1つは地域密着の従来型かかりつけ医。
近所の高齢者施設に在宅医療を提供するだけなら40%減算の基準には満たない。外来の診療報酬が絞られていく中、在宅医療というよりは「出張外来」のような建付けで、安定顧客として重要な存在になるかもしれない。
一方で上記の2形態では、重症度の高いケースには十分な対応ができないかもしれない。
そのようなケースを「在宅医療充実体制」在支診が受けるという役割分担もあるのかもしれない。ただしホスピス型住宅のように数十人の「重症者」が集住する施設は、もしかするとキャスティングボードを握る側になる可能性もある。ここで患者ニーズ以外の新たな力学が生じなければよいが・・・
在宅医療に最適化してきた悠翔会。
今後どう進んでいくべきか。
悠翔会は「各診療拠点は常勤3人以上」×「常勤1人あたり居宅患者換算100人」という基準ラインに基づいて法人運営してきた。居宅・重症の割合は年々増加し、十分な往診・看取りの実績もある。
この2つの数字は(居宅「換算」という部分を除けば)在宅医療充実体制加算の要件そのものであり、目指してきた方向性としては間違っていなかったと思う。
一方で、地域密着度を高めるために、診療圏を小さくブレイクダウンし、高密度にクリニックを配置してきた。結果として概ね半径16キロに収まる23区内に7拠点を展開、しかも診療圏を絞り込んだ結果、23区全域をカバーしているわけでもない。クリニックによっては常勤3人の要件を満たせていない。医学生や研修医を受け入れていない拠点もある。
患者ケアの質(フットワークの軽い対応)や地域連携を考えると診療圏は小さいほうがよいはずだ。しかし多拠点分割により診療力は分散し、教育研修対応力も分散する。
今後は「地域単位の診療チーム」は維持しながら、一部クリニックを統合し、拠点あたりの診療力・教育力・24時間対応力を強化する方向で進めていくべきなのかもしれない。
しかしこれは悠翔会の歩み(もともと千代田区から23区全体をカバー、その後、担当地域の分割化を進めてきた)から考えると、まさに「先祖返り」でもある。
制度に最適化することが在宅医療提供体制として実質的「退化」にならないよう、ここは、チームの僕より優秀な仲間とともに慎重に検討したい。
施設在宅医療については、もちろんこちらの都合で撤退するなどということはあり得ない。連携先から診療依頼があれば、それを加算要件を理由に断ることもできない。法人として経営の最適化と患者利益の保護、連携先との信頼関係の保持をいかに両立できるか、ここもしっかりと知恵を絞りたい。
そして、今回の最大の教訓は、単一領域で特化すること自体のリスクだ。
在宅医療に特化していれば、在宅医療の診療報酬に経営が大きく左右される。今回は質の高い在宅医療機関に加算がついたが、加算を満たす在支診が増えれば、当然、条件が上げられるか、点数が下げられる。診療報酬は基本的には「右肩下がり」という前提で考えると、そもそも保険診療だけでやっていくことがリスクであることは言うまでもない。
在宅医療の「提供制限」が開始されたが、今後も制限は強化されていくはずだ。将来的にそれを代替していくのは訪問看護とオンライン診療だろう。
また、急変や入院(再入院)を抑制し、自宅で最期まで過ごせる人を増やすためには、訪問診療・往診というよりも訪問看護の対応力のほうがより重要だ。訪問診療と訪問看護の包括的統合(経営統合を含む)が、患者ケアの質の確保のみならず、診療収入の安定化(訪問診療が減る分、訪問看護が増える)のためにも今後検討されるべき選択肢の1つになるはずだ。
保険外の事業を育てていくことも本気で考える必要がある。
自費サービスというと仰々しいが、そもそも顧客ニーズを満たすためのサービスは、医療介護以外の領域は全額自己負担だ。特に東京には保険のルールに厳格に縛られないことをより優先する患者が一定数存在する。個人開業医として在宅診療をしていた時は、富裕層の方の自費サービス利用に経営を助けてもらっていた。法人化後は自費サービスを封印していたが、保険外の選択肢の提供を再開してもよいのかもしれない。
人口統計だけはうそをつかないとよく言われる。
いまは重視されている在宅医療だが、高齢者の絶対数が減少に転じている地域も増えている。東京もいずれ必ずそうなる。
だからこそ悠翔会はグループとして10年前から海外事業に取り組んできた。インド事業は一定の規模に育っているし、タイ事業も着々と成長している。今回のチュニジア訪問ももちろん観光が目的ではない。
昨日は在チュニジア日本大使館を訪問し、現地パートナーとの合弁で設立する在宅医療ケアサービス提供会社の計画を共有させていただいた。齊藤純全権大使からは、チュニジアでも着実に高齢化・核家族化が進んでいること、在宅医療や介護サービスの社会的必要性について言及いただいた。
これは単なるビジネスではない。これから着実に高齢化が進むアフリカ・中東の国々へのソフト面の支援でもある。そして日本の要介護高齢者が減り始めるころ、これらの国々では在宅医療やケアサービスを購入できる層が大きく育っているはずだ。
いま医療機関経営はまさに荒海の航行のよう。
国際情勢も含めVUCAな時代だからこそ、目先の制度だけに振り回されて北極星を見失わないよう心して舵取りをしていきたいと思う。
佐々木淳
