静かな現場で、確かに積み上がった一年
年末に悪条件が重なり、脱水+高ナトリウム血症で動けなくなったおばあちゃん。
入院はしたくない。ここでできる範囲の治療でいい。ここにいたい。そんなご本人、ご家族の意向を受けて訪問看護師さんがサ高住で連日の補液。
あと2年で100歳。
これまで何度も奇跡の復活を見せてくれました。
時間を合わせて来てくれた訪問看護師さんに先週末からの様子と年明けまでの対応計画を確認。
今回もまた元気になってくれるといいのですが。
部屋を出ると、食堂では慎ましく大晦日の食事を楽しむじいちゃん、ばあちゃん。柔らかな日差しが差し込む食卓をそっと見守る介護ヘルパーさん。
障害と基礎疾患のある要介護高齢者。
穏やかな光景に癒されつつ、普通に見えるこの景色が、実は高度なアセスメントとスキルをもった専門職によって支えられていること、そして現場の多職種による在宅療養の限界点を上げる努力が、医療費の抑制につながっていることを国はもう少し評価してくれたらいいのにと思います。
今年は公私ともに、地味にエネルギーを蓄える1年でした。
悠翔会については、患者数・職員数・診療収入ともに11%の成長でした。
新規開設クリニックを2年連続で1拠点に抑制した割には、健闘したのではないかと思います。
●管理患者数・紹介患者数
2025年8月末(悠翔会の年度末)の管理患者数は7496人(特養入居者などを含む総患者数は9459人、4869人の患者さんと新たな出会いをいただきました。うち75.9%は居宅患者さん、過半数が在宅緩和ケアを目的とした方でした。
●診療件数
年間の訪問診療件数は154,024件、緊急対応件数は30,568件、うち16,968件は往診でした。訪問診療件数は患者数の伸びを上回る+22.4%でしたが、緊急対応件数は増加なし(+0.03%)、月1回患者の割合は増加しました。
「重度の人に必要な頻度で予測的介入できた」と自己評価。
●急変の抑制
患者あたりの緊急対応件数は2022年に6.07件
2025年は4.10件と抑制。一方、往診対応割合は2022年に31.3%
2025年は55.5%と増加。患者ニーズへの確実な対応に加えて、訪問看護との役割分担の明確化が進んだことも関係しているかもしれません。
東京消防庁は年間90万件の119番を受電、その6割は高齢者、特に後期高齢者の搬送件数が著増しています。一方、搬送される高齢者の55%は軽症でプライマリケアで十分に対応できるレベル。
在宅医療は確実な24時間対応を通じて、特に軽症・中等症高齢者の救急ニーズに応えることで、救急医療システムの負担軽減に貢献できるはず。ちなみに悠翔会の緊急対応件数は東京都の後期高齢者の搬送件数の約1割に相当します。
休日夜間の往診の平均所要時間は52分でした。これは救急受電から病院での診察までの所要時間(東京の場合平均55.5分)とほぼ同等。おおむね迅速性も確保できていると判断してよいと思います。
●入院の抑制
在宅医療の導入前後で、患者一人あたりの平均入院日数は年間41.2日から13.4日まで短縮。1人あたり27.8日分、法人全体では26.3万日分(入院医療費100億円分)の入院を回避したことになります。
高齢者は10日間の入院で7年分の老化に相当する筋量減少が生じるとされますが、単純計算で18.2万年分の老化(衰弱)を抑制したことに? 要介護度の進行の抑制、ADL保持にも貢献できたはずです。
いずれにしても病診連携を通じて「いつでも入院できる」という安心感に依存することなく「入院しなくてもいい」医学管理を行うことが在宅医療機関としては重要だと考えています。
とはいえ患者さんが1万人近くもいると、悠翔会だけで年間に4000件を超える入院が生じています。ある程度抑制できているとはいえ、緊急入院はさらに減らしたい。
在宅患者をACSCsとして考えたとき、入院を回避するために何ができるか。
悠翔会の診療データを分析してくれた井上先生の研究では、緊急入院の約半数は医学的・医療者側要因ではなく患者側要因・社会的要因(つまり医療的には自宅で対応可能であった)、回避しうる入院を回避するためには「訪問看護の対応力」と「ACP」が重要であることが明らかにされています。
ここは在宅医だけが頑張っても届かない部分。特に訪問看護との連携強化が今後、さらに重要になっていくことを再認識しました。
●急性期の在宅療養限界をさらに高めるために
自宅で急性期を安全に看ていくためには、気合いと覚悟だけでは不十分なこともあります。特に肺炎や心不全の治療。諸外国の在宅入院では当たり前に行われる「遠隔モニタリング」、これを日本でも保険償還の対象にできないでしょうか。パラマウントベッドさんのご厚意で実施したパイロットトライアルで、在宅療養支援・在宅医療の限界を安全に上げることができました。あと、肺炎に対する在宅酸素の適応追加もぜひお願いしたいです。これらは緊急入院の抑制を通じて患者QOL保持と医療費の削減につながるはずです。
●Value Based Care・診療収入の妥当性
今年は某元議員の方に「悠翔会はアコギに稼いでいる、利益をMS法人を通じて経営陣に流し赤字に見せている」というような誹謗中傷的ポストをXで拡散されましたが、悠翔会の在宅患者一人あたりの診療収入は全国平均よりも低額でした。
2023年6月の全国の在宅医療関連診療報酬1036億円・患者数約100万人(うち居宅患者割合44.3%)、単純計算で1人あたり10.3万円/月。
悠翔会は、2025年8月の在宅医療関連診療報酬6.3億円・患者数7496人(うち居宅患者割合54.9%)、単純計算で1人あたり8.4万円/月。全国平均より居宅患者割合が多いのに、患者単価は全国平均未満に抑制できています。
※全国のデータは確認できたものでこれが最新、施設診療大規模減算の前なので、現在より高めの可能性はありますが、当院は大規模減算対象はないので比較対象として問題ないと考えます。
「いかに一人の患者からより多く稼ぐか」を指南する医療経営コンサルタントはたくさんいます。しかし悠翔会の経営チームは「いかに受け取った対価以上の価値を患者・地域に還元できるか」を真剣に考えてきました。
患者価値+費用対効果の高い医療ケアとは何なのか、満たされていない医療ケアニーズはどこにあるのか、診療チームとともに考え、地域実装に取り組んできました。
公的保険サービスですから、費用負担者に対して説明責任を果すことは当然の義務だと思います。逆に頻回な訪問診療をしているのに救急搬送や入院の閾値が低い(中には緊急対応しない)在宅医療機関もいまだに少なくないと聞いています。
在宅医療も今後は適正化が進められると思いますが、何をもって「適正」なのか、地域医療の中で在宅医療が果たすべき役割は何なのか、もっと明確なメッセージが欲しいと僕は思います。
「ほぼ在宅、ときどき入院」なんてふわっとしたことを言わず、「なるべく急変させるな、なるべく救急搬送・入院しないで済むようにしろ!」と言ってもらったほうが体制整備も進むし、介護保険サービスの整備についてもそれを前提に組むことができるのではないでしょうか。
個人としては、今年はとても大きな出来事がありました。
まだ自分の中では整理ができていない部分もあります。
在宅医療を始めてからの20年の経過の中で、家族・親族・友人として、さまざまな状況を当事者としての立場で経験してきました。
その立場になってみないとわからないことがある、当然のことかもしれませんが、これが最大の気づきかもしれません。
自己・家族としての体験を通じて、これまでに以上に他の人の体験に対して謙虚でありたいと思うようになりましたし、医療がどれほど頑張っても変えられない部分もある、でも医療のありようによって患者や家族の人生の選択が拡がる可能性があるのだということも改めて実感しました。
健康であること、いまこうして仕事ができる、自立した生活ができていることは当たり前のことじゃない。
たくさんの人たちの助けと、そしてたくさんの幸運の積み重ねの上にある。
だからこそ、与えられた時間を大切に使わなければならない。
家族のいない僕にとっては、周りの人にどれだけのものを返せるか、そしてどれだけ与えることができるか、というのが自分の人生のチャレンジであるように思います。
来年は、個人としても、法人としても、周囲の方々、そして社会や未来に少しでも貢献できるよう、1日1日を大切に使いたいと思います。
巻き込まれた方々には、ご迷惑をおかけすることもあるかと思いますが、どうぞよろしくお願いいたします。
悠翔会の新橋の緊急対応チームは今日はまだ2チームともクリニックに帰ってきていません。
悠翔会のチームメンバー含め、全国各地で医療介護、そして社会基盤を支えるために頑張ってくださっている皆さん、本当にありがとうございます。
どうぞよいお年をお迎えください。
