『ほぼ在宅、ときどき入院』の限界
これは本当にその通りかもしれない。
普段は定期的に訪問しているのに、急変・増悪したときに電話がつながらない、一方的に救急搬送を指示する、搬送先に診療情報提供書も書かない、それでいて、高額な在宅時医学総合管理料や訪問診療料を請求する。
救急外来にそんな在宅患者がたくさん運ばれているのだろう。
在宅医の大部分がこんな感じだろ。SNSでの反響を見る限り、この意見に同意される病院のドクターはかなりおられるようだ。
在宅医としては本当に残念な評価だ。
僕の友人知人の在宅医の多くは(そしてもちろん悠翔会のメンバーも)必要時は求めに応じて(時に求めがなくても)往診し、患者の選択に応じて可能な限り自宅で治療し、どうしても入院が必要であれば早期退院を事前に働きかける。
在宅医療の限界値を上げ、救急依存度・入院依存度を下げるべく、日々努力を続けている。
しかし、世の中の多くの在宅医は実はそうではないらしい。
緊急時に電話がつながらない、電話がつながっても往診しない、結局、家族に救急車を呼ぶように指示して、紹介状も書かない。
残念ながらそんな在宅医療が実はまだまだメジャーらしい。
もちろん救急搬送が必要なケースは在宅医療においても往々にしてある。
それがその時点における本人にとっての最善の選択なら、それでいいと思う。
しかし、急変時=救急搬送なら、そんなの在宅医療とは言わない。そんな訪問診療はいらない。というか診療報酬(在宅時医学総合管理料)を返還すべきだ。
そして病院に診療の継続を委ねるなら、最低でも診療情報提供書は必須だ。
このままなら、訪問診療なんていらない、ということになるのだろう。
通院困難をカバーするだけならオンライン診療で十分だ。
実際、日本以外の国に「訪問診療」という仕組みはない。
(もしあったら教えてください)
あるのは「往診」と「在宅入院」だ。
先進国から途上国まで、アジアオセアニアからヨーロッパまで、いろんな国や地域で医療の現場を見学してきたが、在宅療養者に対して、安定期は在宅ケア(主に看護・介護職・ボランティア)」、急性期は在宅医療(主に医師・看護師)という役割分担が明確だ。しかも急性期も、肺炎などの感染症や心不全、術後のフォローや化学療法など、可能な限り病院から在宅医療(在宅入院)にシフトしようとしている。
日本では、安定期の患者に対して月1~12回の手厚い訪問診療+比較的高額報酬。一方、急性期は基本的には病診連携という名の救急搬送。国・厚労省も「ほぼ在宅・ときどき入院」と急性期は病院での対応を原則としている。超高齢者の急性期治療のために、わざわざ「地域包括医療病棟」という新しいカテゴリーまで作られた。
しかし、これは患者にとって、必ずしも最適な選択ではないと思う。
多くの要介護高齢者は入院関連機能障害によって身体機能・認知機能を低下させる。ACPを通じて「入院はしたくないけど、何もせずに死にたいというわけではない」と意思表示をされる方も増えている。そして、入院には膨大な社会コストが発生する。肺炎の入院治療には平均118万円の医療費がかかっている。
社会保障費の増大、そして人生の最終段階のQOLの両面で課題を抱える日本にとって、急性期の在宅対応力の強化は非常に重要なテーマであるはずだ。
とはいえ、僕は、在宅医療の主たる使命は急変時対応ではなく訪問診療だと思っている。
それは急変時に往診しない、ということではない。訪問診療を通じて、往診が必要な状況ができるだけ少なくなるように予防的支援をきちんと行う、という意味だ。
薬物療法の適正化や栄養ケア・口腔ケア、生活環境の調整、予測される変化に対する備え、ACPも重要な予防的支援の1つだ。
そのうえで、急変時には当然24時間きちんと対応する。
その時の状況に応じて、在宅で対応するのか、病院で治療するのか、これまでの対話の積み重ねを踏まえて、その時点での最善の選択をともに考える。
そして、在宅が選択されたのであれば在宅できちんと治療を行う。
病院が選択されたのであれば、病院に治療を引き継ぐとともに、スムースな在宅復帰支援を行う。
安定期のケアから医師が関われる日本の訪問診療は、海外の在宅医療関係者から羨望のまなざしで見られることがある。
急変時に在宅での対応力を強化する前に、急変をさせないための予防医学的介入に医師が関与できることの有用性を彼らは感じているのだ。残念ながら、その機能が十分に発揮できていない訪問診療が多いのが現状だが、在宅医療は、この部分においても、きちんと結果を出して、社会に対して説明責任を果していく必要があるのではないか。
最後まであなたの人生に寄り添いますとニコニコしながら患者に近づき、何もせずに弱って死んでいくのをただ見守る、あるいは変化が生じたときには救急搬送する、そんなニセ在宅医療はもういらない。
在宅医療がきちんと自浄作用を発揮しないのであれば、それを口実に、日本の診療報酬制度のカテゴリからワイプアウトされてしまうかもしれない。
せっかく与えられた素晴らしい制度を守り、育てていくためにも、僕らはもう少し危機感をもったほうがいい。
