実地医家だけが知る現場のディテールを政策決定者に伝える努力
僕が研修医のころ、医師の仕事は野球選手に例えられることがあった。
仕事は昼夜問わず体力勝負、仕事を続ける限りはそれなりの報酬があるが、仕事をやめても退職金があるわけではない。
当時の野球選手の平均年俸は約3000万円。
医師は「24時間戦えますか」が当たり前の世界だったし、医師であっても頑張れば手が届かなくもない数字でもあり、そんな例え話になったのかもしれない。
その後、野球選手の年俸はどんどん上がっている。
日本プロ野球選手会によると725人の平均年俸は4905万円。医師はずいぶんと水をあけられたように見える。
しかしこの数字はあくまで「平均値」。
その「中央値」(プロ野球選手725人中363番目)は実は1900万円。
もちろん低くはないが1000万円に届かない選手も少なくないらしい。一部のスーパースターの高額年俸が平均値を大きく引き上げているのだ。
この「平均値」に診療報酬の議論も踊らされている。
財務省は開業医の「平均経常利益6.4%」という数字を用いて「開業医は儲け過ぎ」「外来診療は最適化が必要」という論理を展開する。
https://www.mof.go.jp/…/material/zaiseia20251105/03.pdf
ここには2つの違和感がある。
1つは「開業医」のくくりだ。
ここで開業医とされたのは「無床診療所」だ。
それは外来保険診療をしている診療所だけではない。
「開業医」は非常にばらつきの大きな集団だ。
自由医療メインで数十億円の所得隠しができるくらい儲かっている美容クリニックチェーンもあれば、比較的世帯収入の低いコミュニティを対象に必要最小限の受診頻度と検査と薬で地域住民をきめ細やかにケアしている開業医もいる。白内障手術で全国から患者を集める開業医もいれば、健診専門クリニックも、透析や在宅医療に特化したクリニックも、最近はオンライン専門というクリニックもある。
提供される医療の重要性や難易度に応じて報酬が設定されることに異論はない。
しかし「開業医=外来保険診療」ではない。自由診療や手術を含む多種多様な診療形態の「開業医」をひとくくりにして、「外来保険医療」の適正化の論拠とするのは不適切ではないか。
もう1つは「平均値」の取り扱いだ。
平均年俸5000万の野球選手の多くが実際には2000万未満の年俸に留まるのを見ればわかる通り、開業医の中にも、フェラーリを複数台所有する美容外科医もいれば、電動自転車の購入を躊躇う過疎地の在宅医もいる。あるいは(僕らがそうしていると疑われたように)別法人に利益を流し、本来の利益が見えにくいケースもある。
これを全部ひっくるめて「平均値」で語るのは無理がある。
もちろんこんな統計の基礎的なことを頭のいい財務省の方々が知らないわけはない。
今回は最初から「外来保険診療(をしている無床診療所)から削る」という目標があって、そのために都合のいい数字を作り出した。それをメディアに流すことで「社会保険料を増やしているのは開業医だ!」というストーリーを作り、世論の後押しで一気に片を付けたい、そんなところなのではないか。
保険医療の持続可能性については僕も非常に心配している。その「最適化」はぜひ進めてほしい。しかしそのためにはまずは保険医療の現状を、まずはもうすこし丁寧に解析するところから始めるべきではないか。
(これは個人的な意見だが、患者QOLと医療費へのインパクトの両面で(地域によっては)明らかに過剰な病床数と病床機能(医療偏在)の適正化こそが医療改革の本丸ではないかと思う。)
診療点数を削れば一時的に医療費の伸びは減る。
しかし医療の高度化と高齢化は続く。この効果は一時的だ。本質的な問題解決にはならない。
むしろ日本は安すぎる薬価などのために国際的新薬の恩恵を受けにくい国になってきている。このまま無理に蛇口を絞り続ければ、最終的に損をするのは国民だ。
「伸びを抑制する」ではなく、医療技術の進化を含む社会情勢が急速に変化していく中、10年後、20年後にどんな医療提供体制であるべきなのか、未来を見据えたビジョンから逆算するような視点が必要ではないか。
そもそも「高い・低い」は相対的なもののはずだ。
「手取りを増やす」という文脈で社会保険料の削減が議論され、そしてそこから逆算して医療費が削られる。これは健全な発想なのか。
手取りを増やすために目指すべきは、本来は所得を増やすことではないのか。
日本の社会保障費の負担が重く、医療費が相対的に高くなっているのは、医療費の伸びに所得の伸び、GDPの伸び(経済成長の伸び)がついてきていないからではないのか。
財務省は「分子を削る」ことだけではなく、「分母を増やす」ことにもう少しフォーカスすべきだったのではないか。過去30年間、停滞した経済成長のツケを医療だけに押し付けられているように見えなくもない。
そして「負担を減らす」=社会保障費を削減し医療アクセスを制限することが果たして本当に国民の真の負担を減らすことになるのかという点も含めて、本来であればもう少し丁寧に議論すべきテーマではないか。
財務省を知り尽くし、高市首相からはEBPMの推進を託されたという片山さつき新財務大臣に大きく期待したい。
中医協では「医療改革」の名を借りた雑な仕訳議論が続く。
維新が与党入りしたこともあり、とりあえず何らかの結果を出さなければならないということなのかもしれない。一方で、診療報酬改定を待たずに必要な資金注入を行うという政府の方針もある。
社会保障は内なる国防。その主要な柱である医療・介護こそ2‐3年の短いタームではなく中長期的な国家戦略に基づくものであってほしいと思う。
一人の医師・一人の開業医としては、与えられた枠組みの中で、目の前の患者さんを淡々とケアしながら、経営を持続させていくしかない。しかし、実地医家だけが知る現場のディテールを政策決定者に伝える努力は同時に続けたい。
12月2日は在宅医療政治連盟主催の「在宅医療の集い」、元財務副大臣・厚生労働副大臣の桜井充参議院議員をお招きして、社会保障財源と診療報酬のこれからについてお話しを伺うとともに、懇親会では国会議員の方々と直接意見交換の機会も。
もし、国は何を考えているのか知りたい、あるいは現場の声を届けたい、という方がおられたら、ぜひご参加を。佐々木も政治連盟の幹事として参加予定です。
https://zaiiren-tsudoi09.peatix.com
写真は神宮外苑の銀杏並木。
今年もいまがちょうど見ごろです。
再開発に伴い、移転拡張される神宮球場の外壁が並木のすぐ近くまで迫り、ラグビー場前の一部は伐採されるとのこと。
いつまでこの美しい姿を見ることができるのでしょうか。