人生の最期に、私たちが必要とするものは何なのか。

佐々木理事 2022年9月8日 Facebook記事より

充実した医療? 24時間の安心感?

それとも、ほっとするようなぬくもりのある空間や関わり?

ブレーメン市内の「ホスピス」、Hospiz:Bruckeを訪問した。

ドイツでいう「ホスピス」とは緩和ケア病棟のことではない。

看護師主体で運営されるケア施設、人生の最終段階にある人の心身の苦痛を緩和し、生活の質を高め、自己決定を支援するための場所。

家庭的な空間で、自由に過ごしながら、必要なケアを受けることができる。

Hospiz:Brucke には8人が入居できる。ここでは入居者は「患者」ではなく「ゲスト」と呼ばれる。

看護師や職員も私服で対応、医療ケア施設というよりは、普通の家、という感じがする。

どのゲストも個室を与えられ、すべての個室に浴室がついている。自宅で使っていた家具を持ってくることができる。お気に入りの枕などを持ってくる人もいる。

ゲストの多くは、長い闘病生活を経験してきている。ただ平穏に過ごしたいと望む人が多い。

ただ、希望すれば庭に出ることも、ボランティアとともにカフェに行くこともできる。「最後に海に行きたい」「家にもう一度帰りたい」などの特別な願いをかなえてくれる仕組みもある。

家族用は希望すれば24時間ゲストと共に過ごすことができる。ゲストの居室の家族用のベッドを追加することもできるし、建物内の家族用アパートを利用することもできる。コロナ禍では若干の面会制限があったが、それでも一度に2人までの面会は保証されていた。

一見、日本の「ホームホスピス」に近いような感じがする。

しかし大きく異なるのは、費用に医療保険が適用されること。そして医療的ケアへの高い対応能力。

利用料は日本の緩和ケア病棟への入院とほぼ同様、1日あたり500ユーロ(95%が医療保険から給付、残る5%は寄付から。入居者の自己負担はない)。入居の基準も医療保険によって定められている。

入居者の98%が終末期がん、2%がその他の内科疾患(呼吸器疾患や神経疾患など)。平均年齢は若く、50~75歳の人が多い。以下の要件を満たせば、入居対象となる。

・最重度であること

・医師による入居への同意があること

・医療・ケアへの依存度が高く、自宅や介護施設では対応できないこと

・一定上の症状の強さ(痛み・呼吸苦・嘔気・精神的不安など)があること80%が病院から入居、20%が在宅から入居される。紹介元は家族、社会福祉事業所、家庭医からの紹介もある。

入居希望者がある場合、相談員が自宅や病院に訪問し、患者の意向を確認し、ホスピスでの生活について説明する。

ここでできないこと・しないことについて、特に蘇生、延命措置はしないこと、症状を緩和するための場所であることをきちんと伝える。

(「ここに入居をすることの意味がわかっていますよね?」)

入居されてから延命治療を希望される人はいない。

多くの場合、本人は死が近いことを認識している。そうでない場合には、看護師たちが説明する。

ゲストが亡くなると、家族とともにエンゼルケアを行う。その際は、個々のニーズ、生前のその人となりに応じた対応をしている。

遺体はホスピス内に48時間安置される。家族にはお別れのための十分な時間が確保できる。

■充実したケア・支援体制

ここでは8人の入居者に対し、常勤・非常勤あわせて50人のスタッフが仕事をしている。17人の看護師(ほぼ全員がパートタイム、常勤換算で12人程度)。多くが緩和ケアの研修を受けた正看護師。早番・遅番・夜(1人当直・1人オンコール)の3シフト制で運営されている。

心理学専門家も1名いる。週に2回、入居者や職員のカウンセリングなどを担当する。医師の指示・同意があれば、理学療法・呼吸療法(肺理学療法)も保険で受けられる。他にもボランティアによる患者本人・家族の支援、聖職者も希望に応じて週に2回訪問できる。

ただし介護専門職はいない。

潤沢なケア提供体制は、職員の疲弊を防ぎ、職員の満足度を高めることにつながる。精神的にも重い仕事なので、ライフワークバランスがきちんと確立されていることが重要。また、1か月に一度、心理学者によるスーパービジョン、2カ月に一度、ケースカンファランス(振り返り)が行われ、よりよいケアのためのフィードバックが行われている。

離職者は少なく、長期に勤務している職員が多いという。

■医療提供体制

家庭医ではなく、グループ内の緩和ケア専門支援チーム(SAPV)が週に2回訪問、必要に応じて臨時往診が受けられる。

通常の治療計画に加え、レスキューオーダーが準備されている。それを超える医療ニーズがある場合には、医師の指示を確認し、看護師が対応する。

ブレーメン市にはSAPVはこの1チームのみ。医師は市内の緩和ケア病棟から専門医が加わっている。

■印象

日本の「ホームホスピス」的にも見えるが、実際には高度な緩和ケアに対応できる「医師が常駐しない緩和ケア病棟」というイメージ。

看護師主体で運営されている点では、英国のホスピスに近いようにも感じる。英国のホスピスも医療保険と寄附で入居費用がカバーされ、医師のプレゼンスは比較的小さい。しかし、英国のホスピスは、施設内完結ではなく地域完結、自宅で過ごせる人はできれば自宅で、という方針で訪問サービスとセットで運営されており、対象者も原疾患や重症度、人生のフェイズで限定されない。

施設長も、できたらもう少し早い段階から関われたら、という思いとともに、在宅やその他の施設での医療的ケアの対応力を高めることで、このような施設に依存しない仕組みを作るべきではないか、とお話をされていた。

病院でのがん治療を終わりにして、残された時間をどこで過ごすのか。

特に強い症状がある場合、選択肢は一般病床で入院を継続するか、緩和ケア病棟か、在宅緩和ケアか、高齢者の場合には介護施設でのケア継続という選択もある。病院ではない場所で、でも自宅や介護施設では対応できない、そんな第5の選択肢として、このような場所が確保されているのは意味があると思った。

日本でも、がんの緩和ケアに特化した住宅型有料老人ホームが急増している。

僕もいくつかの施設に訪問しているが、無機質な空間、スクラブの専門職、そこは「心安らぐ空間」というよりは、一般病棟に近い。

人生の最期に、私たちが必要とするものは何なのか。

充実した医療? 24時間の安心感?

それとも、ほっとするようなぬくもりのある空間や関わり?

ドイツで出会った「家庭的な空間とスピリッツ」と「高度な医療的ケアに対応できるスキル」を組み合わせたホスピス。

まさにホスピスの語源そのものを具現化したもののように感じた。

昨日の施設見学も含め、とても学びの多い見学となった。

最後に、私たちのニーズを理解し、視察先の発掘・交渉、私たちの面倒に面倒な質問も的確な通訳をしてくださった吉田恵子さんに心から感謝申し上げます。